裁定は誰の手に

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 カンッ  木槌の音により一瞬にして法廷が緊張感に包まれる。 「それでは検察官。冒頭弁論を」  裁判官は抑揚をつけることなく、事務的に言った。 「はい。被害者の葛岡晃聿は現在フリーターで、パチンコや競馬など博打に嵌まっていたようです」  裁判官に指示された検察官は静かに立ち上がり、ファイリングされた紙をめくると、つらつらと慣れた口調で読み上げていく。  その様子を傍聴席から血が滲むほど拳を握りしめ睨み付ける者が居た。その男はこの日のために用意していたような皺ひとつない背広を違和感なく着こなし、汚れきった瞳を隠すように若干色みがかったレンズの眼鏡をかけている。 「被害者のお兄さんは可哀想よね」 「唯一の家族、弟さんがいなくなったんですもの。しかも、宝石泥棒の件もあるでしょ……」  男の1つとばした席に座っている中年の女性2人がひそひそと話をしている。男はその会話が耳に入ってくる度に唇を噛みしめ、更に拳を握りしめた。  女性2人が息を呑むと被告人の供述が始まった。  男は爪が食い込むほど握りしめていた手をゆっくり、ゆっくりと開いていく。数秒間、開いた手を決意の瞳で見つめる。膝の上に右手を置き、それを包み込むように左手で握りしめた。  深く、深く、呼吸をする。男は微かに笑い、内ポケットに忍ばせておいたナイフの柄を握りしめる。静かに立ち上がった。
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