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「距離・・・・・・15000!!」
三度、士官の震えた声が彼を催促する。
「・・・・・・よし、砲撃用意」
彼は小さく呟いたはずだったが、静まり返っていた司令部内に響き渡った。
「砲撃用意っ!!」
無線手がマイクロフォンに向かって叫び、それを各部署に伝達していく。
俄に、「照準良しっ、砲弾用意完了っ!」と上擦った返信が入った。
「よし・・・・・・」
彼は小さく瞬きをする。
一瞬見えた暗闇の中には、いつか桜吹雪の下で酒盛りをした部下たちの笑顔があった。
もう、二度と見ることは出来ない。
・・・・・・すまない、君たちの犠牲は必要だったんだ、許してくれ。
だが、君たちだけを逝かせはしない、私もすぐに追い掛けるつもりだ。
その時には、また、あの時の続きをやってくれるか?
彼の問いかけに、部下たちは答えない。
代わりに、返ってきたのは満面の笑みだった。
一瞬で、彼にとっては永遠のような時間が終わる。
「・・・・・・そうか、おまえ等の命を無駄にしたクソ親父でも迎えてくれるか。後から一杯やるのが楽しみだ」
彼は誰にも気取られないように呟いた後、獣のように咆哮した。
「対機動戦術機用決戦兵器『マイコプラズマ砲』撃ち方始めぇええ!!」
こうして、後に歴史に名を刻むことになる『ベルダン戦役』は幕を開けた。
数年後、世界を二分した戦争が終わり、人々は平和を取り戻した。
かつての荒れた戦場にも何時の間にか草花が生い茂る。
それは『ベルダン要塞』の跡地も例外ではない。
一面に見える草むらに、虫が、鳥が縦横無尽に駆け回る長閑な草原。
そこで幾多の兵士が命を落とした、とは到底思えないほど忌まわしき過去を風化させている。
その草原の中、ひっそりと聳え立つ木があった。
今は冬が近いので枯れているが、春には満開の花を咲かせるであろう桜の木だ。
ひっそりと、とは形容したが、草むらの中にポツンと立っているものだから、やたらと目立っている。
時たまそこを通りかかる人は、枯れた枝に春の情景を重ねながら通り過ぎていった。
皆、上を見るばかり。
誰も下に目を落とさない。
故に、木の根元、空になった酒瓶が転がっていることに、誰一人として気がつかなかった。
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