No.001

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俺にはマーリンが笑っている意味がよく分からなかった。 けれど時間も迫っていたためマーリンに別れのキスをする。 「またな、マーリン」 「ええ。また、来るわ」 扉を開いて部屋を出ようとした瞬間、名前を呼ばれてその足を止められた。 振り返れば、シーツを体に巻き付けたマーリンが立っている。 「無茶は…しないでね」 眉を八の字にして言うマーリンに、俺はクスリと笑った。 「多少無茶してる男のがかっけーだろ?」 「……馬鹿ね」 シーツを揺らしながら近づいてくるマーリンは、まるで天使のように見える。 そして、念を込めるように俺の胸に手を当てた。 「好きよ…。ジン」 俺はそんなマーリンの頭を優しく撫でて、彼女の部屋を後にした。 懐中時計を確認すると、その針は既に15:00を指していた。 この懐中時計は、16歳…6階フロアに上がると支給される物だ。 きっと何度も人の手に渡っているそれは、俺たち民族の歴史を物語っているかのように古びている。 ……確か、今日は16:00にもう1件予約が入っていたはず。 もう1回風呂入って向かうか。 一度の依頼につき、拘束できる時間は3時間と決まっている。 その3時間に客が幾らの金を出しているのかは俺には知らされていないけれど。 マーリンはその客の中でも1番の古株だ。 俺の初仕事の時の客がマーリンだった。 後にそれがどれ程に幸運だったのかと思い知らされた。 この塔に極楽を求めに来る客には色んな性癖を持つ者が居た。 もちろんそれは女だけではない。 1ヶ月に一度くらいの頻度で、毎度違う男が俺を求めにやって来ることがある。 世の中には色んな人がいるんだと、そう思った。 中には俺の目を気味悪がって目隠しを強要する者もいた。 そんなやつは、二度とここを訪れる事なんて無いけれど。 ☩☩☩☩☩☩ 結局依頼が終わり、風呂に入って部屋へと戻ったのは20:00頃だった。 依頼をこなした部屋とは全く違う自室に、ため息を吐く。 あんなベッドで熟睡してみたい。 依頼を終えて部屋へ戻る度に、そう思う。 叶いもしない夢なのだけれど。 1つに纏めていた髪を解いて、固いベッドに腰を下ろした。 不意に自分の手首に着いた赤い跡が目に入って、再び溜め息を吐く。 約3時間縛られれば、嫌でも赤く跡は残ってしまうものだ。 そんな客は珍しくもないからもう驚きもしなかったけれど。 太陽を浴びていないせいで真っ白な俺の肌に、そんな赤い跡は綺麗に残る。 俺の顔程の大きさの窓からまん丸の月が覗いた。 手が届きもしないその窓には、目には見えないガラスのような物がハマっている。
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