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大会中だということもわかってる。こんなことしているのはどうかというのもわかってる。
有原に謝らなきゃいけないのも全部わかっているのに。
「…洋太、こんなとこにいた。」
優しい声。その持ち主だってわかってる。
その声の持ち主は自分の使っているタオルを俺の頭にかぶせる。持ち主と同じで甘く優しい匂いがした。
「…梓のことを押し倒すとか女とか言うから…」
「…もう、洋太の馬鹿。」
「…ぇ?」
そこで怒られるとは思ってなくて顔を上げる。そこには優しい笑みを浮かべた梓がいた。
そして俺のほほを力いっぱい引っ張られて目を丸くする。
「俺のことより、洋太が出場できなくなったらどうするんだよ!」
「梓…?」
「俺がそう言われるのは慣れてるし、そのたびに俺はちゃんと否定してる!だけど…俺のせいで洋太が大会に出られなくなるのはいやなんだ…っ!」
ぽろぽろと泣き出してしまう梓に目を丸くする。そしてあわてて梓のタオルでそっと拭いてやる。
この言葉は本当にうれしくて、梓が愛おしくてたまらなくて、そっと抱き締めた。
「梓…ありがとう」
「洋太のばか…っ」
「うん、ごめん、梓…」
軽口にもマジギレしてしまうほど大事で。
大会なんかどうでもよくて、陸上なんてどうでもよくて。
「えへへ、戻ろう?洋太、さっきの人もさっきから探してたんだよ」
「有原が?」
「うん、謝りたいって言ってた。一緒に探してたんだ」
だけど、そんな心中も知らずに俺を心配してくれる梓が堪らなく愛しくて。
「ごめんね」
「なんか言ったー?」
「いいや。戻ろうか、梓。」
友人だと慕ってくれる梓を不純な目で見ていて。
好きで、君が好きで堪らなくて。
ごめんね。
【それから】了
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