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ラムは、握っていた泰輔の手を、自分の顔の前に持っていき、ほほにちょっと触れさせた。
「ラムちゃん、ありがとう、また今度ね」
「泰輔ちゃん、またね。バイバイ」
泰輔は、軽く手をあげてから、駅に行く道を歩きはじめようと顔を道のほうに向けた。
これから進む先を見ると、十数歩先から、女性が一人歩いてきていて、近づいてくるにつれ、顔がわかってきた。
二人の間があと数歩ほどになった。
彼女も、泰輔に気付いたようだったが、少し目線をずらしていた。
「瀬戸さん。こんばんは。お世話になっています」
「こんばんは。いつもどうも、……ごめんなさい、お楽しみのところ見ちゃった」
「えぇ~、見てたんですか? まずいところ見られちゃったな。恥ずかしいな」
「見なかったことにしますよ。……あさっての打ち合わせ、お願いしますね」
「はい。こちらこそ、お願いします」
瀬戸郁子は、泰輔に軽く会釈し、スタスタと足早に歩いていった。
ベージュ系のスーツ、膝ぐらいまでのタイトなスカートで、後ろ姿に大人の女性の魅力が色濃く出ていた。
泰輔と同じ三十才ちょい過ぎの感じだが、本当の年齢は聞いたことはなく、何度か打ち合わせしていても仕事にまじめで、聡明な女性という感じがしていて、軽く冗談をいうのもためらってしまう程だった。
泰輔は、彼女の後ろ姿をしばらく見ていた後、駅に向って歩き出した。
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