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旅人はまたため息をついた。
遥々西の果てから神の国を求めてやって来たというのに、またもやこんな場面に出くわすとは。
ここはたいして人のいない小さな谷合の集落のようだったが、それでもならず者が群れを成して村を襲っていた。
手にしている武器は旧式のカシリア国の軍用銃。
大方、どこかのやみ市で買ったか盗んだか。
一人の幼い少女が担いでいた穀物を脅し取ろうとしている。
子供相手に五人掛かりとは。全くもって腐っている。
旅人は今までもこんな光景は飽きる程見てきた。
人間というものは所詮こんなものだ、と諦めて通り過ぎてしまえばいい。
けれど、旅人はそこまで思いきることができない。あの方から遣わされ、この世界の環視を任されてから、旅人はたとえ世界最後の一人となっても良心を失ってはならないのだ。
『おら、よこせ!!』
男の一人が銃を突き付ける。
少女は表情を失ったかのように動じない。
よく見れば彼女の瞳は透き通るような紅だった。
『うんとかすんとかいえや!!人形かおめえ!!』
男が少女の胸倉を掴み上げた。が、やはり少女の表情は凍ったままだ。
恐怖を感じていないのかもしれない。
そんな少女の凍った瞳を、旅人はひそかに気に入った。
通り過ぎるのはやはり辞めよう。
『寄せよ、お兄さんたち。子供相手にカツアゲなんてみっともない』
薄笑いを浮かべ、旅人は間に分け入った。
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旅人は暴力は嫌いだ。なので、こういう場面では少し特殊な撃退方法を使用する。
旅人も一応身を護らなくてはならないから、少しばかりあの方に防御方法を身につけていただいた。
しかし、『それ』で人を傷つけたりはしない。
『…スリア!!』
旅人の口から、呪文らしき言葉が紡ぎ出されると。
屈強な男達五人、あっさりバタバタと倒れた。
そしてぐ~、ご~!と地響きのようないびきをたてて眠り込んだのだ。
スリア=眠れ
旅人がかつて居た場所の言葉である。
『全く、最近の若い者ときたら…』
旅人はパンパンと外套の埃を払うと、少女に向きなおった。
『大丈夫かい?』
少女は相変わらずの無表情で頷いた。
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