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「止まれ、旅人よ」
「………」
長い長い道を歩き続けて、周りはもう真っ暗の星空の綺麗な夜になっていた。
俺は野宿だけは避けたかったから、なんとか国境付近の集落へとたどり着いた。
そして今は門番であろう男に呼び止められて、集落の入り口で立ち止まっているところだ。
「身分証明書は持っているな?」
「あぁ…」
言うことはもうわかっていたが、一応確認のために黙って聞いてみた。
短い返事をしながら懐から少しシワのついた一枚の紙を提示した。
それを門番の男は受け取り、簡単な火の魔法を唱えだした。
「クーウェン・トライバル…ミーティアの者か…」
「あぁ、そこに書いてある通り世界観光の目的で旅をしている…凶器もこの錆びたダガーしかない…」
指先の火の灯りで身分証明書を見ている男にホルダーからダガーを出してみせた。
ダガーは所々茶色く錆びていて、それ以外に凶器がないことをアピールする。
身分証明書には名前や性別や国籍などの戸籍となぜ国を出ているかの理由を記してある。
クーウェン・トライバルというのが俺の名前。だが、実はこれは偽名だ…本当の名前は自分でさえもわからない。
ミーティア共和国で育った俺は世界観光が趣味で、敵国であるクロウエッジ皇国に足を運んだ――というのは嘘。
実際のところ、俺は自由奔放にふらつく盗賊だ。他人のものを盗んでは売ったりして生きている。
共和国を出てこの皇国に来たのは魔法に関するものを盗んで、共和国に持ち帰り高額で売るためだ。
「よろしい、旅人よ。宿は奥の建物だ」
「親切にどうも…」
そんな企みも知らないで門番の男は俺を集落の中へと入れてくれた。
地図では小さな集落だと記されてあったが、それほど小さくはなかった。
集落の中央にあたる場所には大きな木の囲いがあり、薪を焚いて炎が全体を照らしている。
その周りに住んでいるらしき人たちが暖をとり、会話を弾ませている。
入り口から中央の炎を素通りして、門番の男が言っていた宿へと向かう。
ここで変なことをして目に付かれるわけにはいかないし、夜遅くになるまでは行動はしない。
まぁ、歩き疲れたということもあるが…とにかく今は宿でゆっくりするとしよう…。
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