砂時計──1分間

2/3
前へ
/384ページ
次へ
楽屋に戻って来た途端、何の前置きもなく後ろから抱き締められた。 「‥‥‥‥」 「どしたん?疲れてンな‥‥」 「‥ぅん、一寸の間でええからこうしててもかまへんかな‥‥」 声がいつもより幾分低い。 そのままゆっくりとソファに腰掛ける。 俺は藤原の膝の上に座っている。 「ええけど、誰か入ってくんで。」 「鍵かけた‥‥」 ドアを見るときっちりと閉めてある。 「ふんっ、用意のええやっちゃな。」 「クスッ、せやろ。‥‥貴ちゃんの頭フワフワでええ匂いするから癒やされる‥‥」 俺の髪に顔を埋めて呟く。 「さよか、けどいつも通りやで。」 俺は側のカバンから砂時計を取りだしテーブルに置く。 俺と藤原の決め事‥‥ 仕事中でどうしようもなくなった時のリフレッシュ。 「1分間、好きにせぃや。‥」 そう言って砂時計を倒す。 今からの1分間は藤原のもの。‥ 短いようやけど仕事中にはこれが精一杯の貴重な時間。‥ ‥藤原が潰れてしまわんようにの息抜き。 「貴ちゃん、今夜メシ行きたい‥」 「無理や。先約あるし。」 肩に顎をのせたままため息をつく。 「‥貴ちゃんは俺が好き。貴ちゃんは俺が好き。‥」と繰り返す。 「アハハ、何の呪文やねん。」 「やって、ゆうてくれへんやん。‥」 口を尖らせて文句をゆう。 じっと抱き締めたまんまで 「貴ちゃん、1分間ッて、短いな。」 「そうか?」 「なんもでけへん‥‥」 俺の背中にしがみつき淋しげに呟く。 「60秒‥‥なんも伝わらへん。‥‥けど、あったかいな。」 「ぅん‥」 しもたな。かなり溜め込んでるみたいなご様子やな‥‥ あんまりほっといたら、落ち込みも急降下やし‥‥ テーブルの砂は止まることなく、流れ落ちていく。 サラ‥サラ‥‥サラサラ‥‥ 全て落ちてしまった。‥‥ その砂時計を見て藤原が 「ありがと。」と、一言ゆうて俺を膝から下ろす。
/384ページ

最初のコメントを投稿しよう!

71人が本棚に入れています
本棚に追加