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なぜこのような状況になってしまったのだろう。
わたしの目の前には、あの少女が座っている。
どうしたらよいのかわからない様子で、周りを気にして落ち着かない。
ここはホテル一階のバーである。
ゴールドをアクセントとした重厚な雰囲気を持つ英国スタイルのバーには、アーティストによるジャズやクラシックの生演奏が行われている。
まだ昼間だというのに、皆好みのカクテルやドリンクを片手にジャズの調べに酔いしれていた。
あきらかに、この目の前の少女には相応しくない。
わたしはこのバーに入ってしまったことを少し後悔した。
「あの・・・」
最初に口を開いたのは少女だった。
いつまでたっても話しかけてこないお茶の相手に、しびれを切らしたわけではあるまいが。
わたしはまだ何も答えることが出来ずに、黙りを決め込んだ。
わたしから誘ったお茶だが、もちろんわたしはこの少女と“お茶”をしたくて誘ったわけではない。
父のことを、今彼がどのように生きているのかを、聞き出すため――。
すると、少女はわたしの表情に、何かを読み取ったのであろうか。
あるいは、彼女の性格からか、静かに優しく微笑んだ。
「お兄さん、て、こんな感じなのでしょうか」
不覚にも、わたしの心臓は彼女の美しい微笑に音をたてて反応した。
そうしてわたしがこの彼女の言葉の意味を理解するのを妨げた。
「私には、兄が、いるんです」
彼女はまっすぐとわたしを見て言った。
「お会いしたことはないのですが。母が昔、私に話してくれたんです。あなたには兄がいるのですよって。
どうして私は母が、そのとき少し泣きそうな顔をしたのかわからなかったのですが、今ならわかります。
私の兄は、母の、私の母の本当の子供では、ないのです。」
わたしの心臓は、さっきと違う種類の高鳴りをみせた。
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