舞姫

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「私は、兄がドイツのお人だと聞いていましたから。ええ、だからここへ付いてきたのです。 ドイツのお話をお聞きできるかもと、会ったことのない兄弟だけれど私も、何か兄を感じることが出来る気がして・・・。 こんな話、会ったばかりのあなたに話すのも、おかしなことなのですが、よろしければ、ドイツのお話をしてはいただけませんか?」 彼女の迷いのない瞳は、まっすぐに、私を貫いた。 「ええ、はい、いいでしょう。お話します。けれどその前に、わたしの話を聞いていただけますか?」 これは質問ではない。確認でもない。わたしは続けた。 「わたしはドイツの生まれです。母はドイツ人、しかし父は違います。」 わたしは息をゆっくりと吐いた。 「わたしの父は日本人。この国のお人です。 わたしの母はもう20年も前に死にました。わたしは母の顔を覚えてはいません。 父はわたしが生まれる前に、母を捨ててここ日本に帰国しました。ですからわたしは父も知りません。」 彼女は黙って聞いている。 「わたしは父を探してここ日本に来ました。ですが行く当てがもうないのです。」 「そうなのですか・・・。似ていますね、きっと、私の兄と。」 彼女はまた微笑して静かに言った。 この大人びた表情は、本当にわたしよりも若い者のそれなのだろうか。 このような美しい瞳を持つ少女に、わたしは出会ったことがない。 わたしの母も、父に出会ったとき、このような気持ちがしたのだろうか。 「お父様に、会いたいですか?」 確かにわたしは父に会いに来た。だが・・・。 「そのつもりでしたが、今はもうわかりません。わたしはきっと父を見つけても、かける言葉を見つけられない。 父はわたしが誰かわからないでしょう。きっと、わたしのことなど、気付かない・・・」 「そんな悲しい顔をしないでください。きっと・・・大丈夫です。気付いてくださいます。きっと、あなたが思うように、お父様だって・・・」 それは、慰めか、同情か? その父がきみの父だと知ってのことか・・・? 父はもうわたしの父ではないと、よけいに感じさせられるだけだというのに・・・。 .
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