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とある町の夕日に染まるとあるアパート。上の部屋にはドスドスと足音の煩い無神経な住人、下の部屋にはちょっとした物音でこれまたドスドスと棒かなにかで天井を突く神経質な住人。
そんな喧しい住人に挟まれた部屋で一人の男がいそいそと着替えをしていた。
叩き返したりしないなんて自分って大人。……なんてアホなことをつぶやいている青年、彼の名は高橋孝一。今年で二十歳ながら定職には就かずバイトを渡り歩いている、もちろん正社員として働ける仕事を探してはいるがいまだ就職できてはいない。特に最近はバイトすらうまくいかず気力を失っていた。
「あーあ、俺が生きてる意味って何よ?」
誰にともなく呟いて重いため息を漏らす。ふと脇に目をやるとそこには乱雑に畳の床に置かれたやりかけのゲームソフトが、内容はいかにもありがちな魔王から世界を救うRPG 。いっそこんな世界に行ってしまえたら……一瞬そんな考えがよぎったが、バイトの時間が迫っていることを思い出してあわてて支度を再開する。
「遅番は本当疲れるよなぁ」
多少癖のある黒髪を櫛で撫で付け、鏡を覗く。
「最近寝不足だったかな……」
心なしか目の下には隈のようなものが見え頬もこけている。今日は帰ったら直ぐに寝るぞと仕事の前からそんなダメな決意をしつつ玄関へ向かう。六畳一間の部屋は玄関まではやたらに近い為に当然そのわずかな時間にはなにも起こり得るはずなどないのに……今日は違った。
「ん?……何だこれ?」
玄関の手前にポワンと一つ、蛍のような小さな光が頼りなさげに浮いている。
「ん……蛍?いや、光だけだな……まさか人魂!?」
蛍のそれとは違い薄く紫がかった怪しさ満点な光に孝一は一瞬驚きはしたが余りに弱々しかったため好奇心に負け手を伸ばしてしまった。
「うわああああぁ!!!」
手を出したとたんまるで静電気に引かれるビニールのようにこちらへ向かってくる光。孝一があわてて振り払おうとした手を無いもののようにすり抜けた光は胸の辺りに当たると、さっきまでの弱々しさからは考えられない程に大きな光へと変わり孝一の体を飲み込んだ。
誰も居なくなった部屋の中、下の部屋からさっきの大声を咎める為に天井を棒でドンドンと突く音だけが響き渡っていた。
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