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「人生、上手くいかないよなー……」
「え?」
おれの唐突なつぶやきに、親父が目を見開いて、顔をあげた。
そのはずみで、親父の箸からラーメンが滑り落ちる。
ピチャンと汁がはねた。
インスタントラーメンに冷蔵庫の余り物野菜と卵をとにかくぶちこんだ『グチャグチャ麺』。
貧乏な親父の、定番の晩ご飯。
おれの好物の1つでもある。
――――今日は親父のところに泊まりにきている。
離婚して、別々に暮らしているうちの両親。
母さんに引き取られたおれが、親父のところに来るのは、大抵親父の小説に何かがあったときだ。
ちなみに今日は、いい方の『何か』。
親父の小説が雑誌に載ったので、その雑誌を持って訪ねてきたのだ。
「……珍しいですね。タケルくんがそんなことを言うなんて。
……何かあったんですか? 良かったら話してください」
気を取り直した様子の親父は、穏やかな笑顔でおれに聞いてきた。
そこには、作家独特の好奇心がムンムンしている。
「別にー。大したことじゃないよ。あえていうなら、恋バナみたいな?」
「恋の話ですか。人は恋を知り、恋に傷ついて一人前になるものですからね。
タケルくんもとうとう大人になったんでしょうかね。喜ばしいことです」
「………………」
どこまで本気なんだ、この親父。
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