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「………」
――………
一人と一台の間に沈黙が流れる。
また嫌味でも飛んでくるかと身構えていた男は、何も言わないベンチに思わず首をかしげる。
「ねぇ……」
沈黙に耐えきれなくなった男は、様子を伺うようにベンチに声をかける。
しかし、ベンチは何も言わない。
「ねぇ、ってば……」
再度声をかける男。だが、ベンチの反応はない。
「……この、ぼろベンチ」
何か悪態をつけば返事の一つでも返ってくると思ったのだが、最後までベンチは何も言ってこなかった。
(まったく……)
男は深々と溜息をつく。気づけば公園にいるのは男だけだった。
子供も小鳥も喋るベンチも、誰もいない公園で一人佇む男。その横を自己主張するように一陣の風が吹き渡る。
「……そういえば、この地の住民から何かを受け取るのは駄目だったな」
同僚に言われた事を思い出す。
『お前が地上に降り立った際、決してこの地に干渉はしてはならない。そして、彼らとは僅かな交流も僅かな接触もあってはならない』と。
そのことについては男も十分理解していたし、同僚が設けた制約を破るつもりは微塵もなかった。
だが、それでも子供と話をした、それでも男は受け取った。
話さなければ、子供が悲しむだろうと思ったから。受け取らなければ、子供が泣いてしまうと思ったから。
不意に、手の中でカサリと何かの音がした。
見るとそこには子供から貰った一粒のチョコレート。くれた理由は分からないが、その小さな粒の中に子供の想いがいっぱい詰まっていた。
(これ、どうするかな)
これを同僚に見られるのは、さすがの男も不味いと思った。この事がバレた時点で叱られるのは必須だが、きっとそれだけでは済まないだろう。
――証拠隠滅。
それしか道はないと悟った男は、そっとチョコの包み紙を剥ぐ。
茶色の粒から香る甘い臭いが男の鼻をくすぐり、自然と男の口許を綻ばせる。
(証拠隠滅とは言ったけど、全てを隠滅させるのはあの子に申し訳ないよな)
だから、包み紙はせめてもの記念にと胸ポケットの中へ。
そして、しばらくチョコの芳香を楽しんでから、男はひょいとチョコの粒を口の中に放り込んだ。
ころころと舌先で転がすと、チョコの甘い味が口全体に広がった。
――想像以上に甘かったが、とてもやさしい味がした。
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