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「実際にこの目で見て、初めて全てを理解するんだ!」
そう男は主張した。
『データが何だ! 聞くと見るとじゃ大違い、たとえ不便など田舎だって住めば優しいお婆ちゃん達との温かライフが斯斯然々――』
まぁそんな感じで、男はデータの記述のみで判断する事の危険性やその他諸々を、同僚の前で延々と熱弁した。
『お前は一体この星の何を知っている!? 人口か、面積か、風土か。お前の得ている知識なぞ所詮はデータだ。そんなものでこの星の全てを語ろうとするとは、貴様の精神は地方支店の現状を理解しようとしない本部のそれと同じだ!』
そんなことも言ったかもしれないが、ともかく男は必死に同僚に訴えかけた。
「っだあぁぁ!! 許可すりゃいいんだろ、許可すりゃっ!! もう、勝手にしやがれ!!!!」
始めは無視を決め込んでいた同僚も徐々にヒートアップする男の演説に参ってしまい、昨日の夜になってとうとう彼の現地行きを許可した。
結果、現在男は地上に降り立っている。
同僚が彼の要求を呑む際に付けた様々な条件のせいでこうして公園で過ごす程度の事しか出来ないが、それでも自らの目で『実際の姿』を見ることが出来た男は満足していたた。
(あぁ、とても平和的だな)
暖かな陽気に目を細めながら、おもむろに男は手首にはめた腕時計を見る。
同僚が示したタイムリミットまであと十五分。残る滞在時間はあまりないが、男がこの地でのんびりと過ごすには十分だった。
ベンチに座った状態で空を見上げると、マシュマロのような雲がいくつも浮いているのが見えた。
(戻らないとダメかなぁ……)
この空のどこかに不機嫌顔の同僚がいると思うと、つい船に帰るのが億劫になる。
(あいつを説得するのに、色々な手を使ったからな)
時には頼み込み、時には土下座、時には恐喝、挙げ句の果てに泣き落とし。
同僚を説き伏せるため手段を選ばなかった男は、許可を得るまでに散々彼を怒らせた。
同僚だけではない。男を心配した部下達にも、色々と迷惑をかけた気がする。
雲のシールドを纏った宇宙船。見た目はとても平和的なその船内は、きっと怒りの感情が渦巻いているのだろう。
恐怖でブルッとその身を震わせると、男は再び視線を公園へと戻す。
暖かい太陽の熱に小鳥のさえずり。漂う平和的な陽気に、思わず男は大きくあくびをする。
今の男に『緊張感』という言葉はない。
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