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「ねーねー、おじさん。夜空のお星さまって『たいよーけい』以外はみんな『こーせい』っていう星なんでしょ?」
「そんな難しい事、よく知っているね」
「えへへ、凪おじさんに教えてもらったんだ。えーと、それからねー……」
一体どれくらい子供と話したのだろうか。
男が子供と出会って十分くらい経った頃、遠くの方から小さな女の子の声が聞こえた。
「ゆうすけー、ママが呼んでるよ。おやつの時間だって!」
公園の入り口には、子供と同じくらいの年の女の子がいた。
この子供の姉か妹なのだろう。よく見れば、目元が若干似てなくもない。
「今いくよー!」
女の子に聞こえるよう返事した後、子供は男に視線を向けた。
「おじさん、また会える?」
子供はそう訊ねたが、男は何も答えなかった。
この調査の直前に調査員から司令部の方に移転が決まった男が、調査員として再びこの地に訪れることは二度とない。
「……会えないの?」
男が言わんとしている事が分かるのか、子供は悲しそうに顔を歪ませる。
「――そんな事ないさ」
男はそっと手を伸ばし、今にも泣きそうな子供の頭をくしゃりと撫でる。
そして、微笑みながら力強く言った。
「君が信じていれば、いつかきっと会えるよ」
男の言葉にパッと子供の表情が明るくなる。
「じゃあ、いい物あげる」
そう言うなり、子供は小さなポケットをごそごそと探りだした。
まもなくして、子供はポケットに突っ込んだ手を抜き出す。その手は小さな握りこぶしを作っていた。
「はい、おじさん!」
男に向かって子供が握りこぶしを差し出す。彼の笑顔が自分の握りこぶしの下に手を出すよう男に催促する。
「………っ」
男は少し躊躇ったが、覚悟を決めると子供に手を差し出した。
子供が握った手を開くと、ころりと一粒のチョコが男の手の平に転がる。どうやら『いいもの』というのはこれの事らしい。
「ありがとう、大切にするよ」
男がにっと笑うと、さらに子供は笑顔になった。――何ひとつ穢れのない、とても真っ白な笑顔だった。
「おじさん、またね」
女の子の元へ走っていった子供は、男に向かって手を振りながら去っていった。
男も子供に手を振り替えし、その姿が見えなくなるまでずっと振り続けた。
やがて、子供の姿が見えなくなると、男は手を振るのを止めた。
再び公園に静けさが戻る。
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