OPENING

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――行っちまったな、あの坊主  再びザワリと何かが揺れた。  子供が去るのを待っていたかのように、さっきのベンチが話しかけてきたのだ。 「あの子、知ってる子?」  ふと子供の事が気になった男は、そうベンチに訊ねてみた。 ――当たりめぇよ  男の問いにベンチは答える。 ――この公園で遊ぶ奴らは皆、俺の子供みてぇなもんだからな  そう自慢げにベンチは男に話す。 「ふぅん……。この公園で遊ぶ人たちは、皆君の子供か……」  男は小さくベンチの言葉を呟く。少し考えたのち、男はベンチに向かってある事を訊ねてみた。 「じゃあ、仮に僕がここで遊んだりしたら、僕も君の子供になるってわけ?」  男の問いに対し、ケッと馬鹿にしたようにベンチが吐き捨てるように言う。 ――んな訳ねーだろ 「何で?」  その言い草に対し、ムカッときた男は拗ねたように訊く。  ベンチは盛大に男を鼻で笑った後、嫌味たっぷりに言った。 ――図体がでけぇだけの、可愛気のねぇ若造が俺の息子だなんてごめんだからな  確かにその通りではあるが。  ベンチの言葉がショックだった男は、落ち込んだようにガックリと肩を落とす。  その様子を見て、カカっとベンチは高笑いした。 ――大体なぁ、どうすりゃそんな考えになるんだよ  にやにやと笑いながら、ベンチは小馬鹿にしたような目つきで男を見る。  そんなベンチをジトッと横目で睨みながら、ボソボソと男は言う。 「……まったく、酷い事を言うんだね」 ――性根の悪さで俺に勝とうなんて百万年早えよ  にやりとベンチは片頬で笑う。煙管から燻る煙が余計に癇に障る。  男と対話するそれはただの古ベンチのはずだが、男にはベンチが一人の老人に見えてならなかった。 (目の錯覚?)  短い白髪にシワの深い顔、その服装は 和装のような大工のような――江戸時代の大工の棟梁のよう。 「君は、一体何者なんだい?」  本当にこれは、彼はただのベンチなのだろうか。  突然男に語りかけ、江戸の頑固親父のような幻影まで見せてくるベンチ。何というか、男はこのベンチが段々得体の知れない物に見えてきたのだ。 ――俺ぁ、ただのベンチよ。それ以上でもそれ以下でもねぇぜ  くつくつと笑ながらベンチが答える。そのすっとぼけたような口調はどうも嘘っぽい。 (このベンチ、真面目に答える気はないな)  ベンチを見て、男はそう思った。
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