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その屋敷の主の名はベナード、夢を司る高位な神の一人であった。
夢を司るという肩書きが示すように地上の人間に夢を与える仕事をしている彼は、いつも気の向くまま 地上の民に多くの夢を与えていた。
眠りについた時に見る普通の『夢』。
誰もが一度は見るであろう『甘い夢』。
怪盗や名探偵の住む『赤い夢』。
普通に夢見る者、夢に誘われる者、夢に夢見る者、 夢と戯れる者。この頃の人間界はそんな『夢見人』で溢れかえり、人々の心 は常に夢で満たされていた。
『今度は誰に素敵な夢を見せてあげようか』
仕事の時間になるとこれから趣味の時間を過ごしにでも行くようにいそいそと仕事場へと向かい、その度にそう嬉しそうに呟いていた。
もちろん仕事場には沢山の同僚がいたが、彼のように楽しそうに仕事をする者は誰一人といなかった。
「仕事しているというのに、なぜそんなに楽しそうに するのか?」
鼻唄を歌いながら仕事をする神は、よく同僚からそんな質問をされた。
例えどの様な職業であれ、仕事というのは辛く大変なものであり、特に楽しいものでもない。
本人にとって半分趣味のような職業や特別遣り甲斐を感じられる仕事ならばまだしも、残業はあるわ、トラブルはあるわ、日々の仕事量のわりには給料は少ないわ、の三拍子が揃ったいかにも中小企業のサラリーマンがしていそうなこの業務で、どうしてそんなに楽しげな様子でいられるのか同僚達は不思議でしょうがなかったのだ。
「僕にとってこの時間は、一番楽しみな時間 だよ」
同僚に質問されるたびに神はそう答えた。
彼はどの神々よりも、”人間”が大好き だったのだ。
確かに仕事である以上辛いことも沢山あったし、嫌なことも苦しいこともあった。だが、人間を心から愛していた神にとってそれらは何の苦にはならず、むしろそれすら楽しいものへと変えることができた。
まどろむ人々へ『夢』を与え、時には悪夢で心の傷を風にさらす事で『癒し』を与え、また「人間界の偵察だ」と言って人間界に降り立っては様々な人間との 友好を深めていく神。
そんな彼を見て、他の神々は「本当の意味で人間を 愛している神だ」と口々に褒め称え、若い神々は憧れの眼差しで見ていた。
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