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面倒はそれだけではなかった。その日の、授業前。
「金紋の……」「あの龍腕家の姫君と……」「スパイが……」「白紙の……?」「ありえねー……」「俺この近くで龍腕様を……」「ティトー……」「ないない……」
時間差での、噂の拡散。ありえないはずの武勇伝が、クラスを混乱に陥れ、ティトーを話題の中心に据える。
「なんだこれ……めんどくさ過ぎる……」
「なあティトー」
教室の入り口で呆然と立ち尽くしていると、一人の男子生徒が駆け寄ってきて、
「お前が金紋のお方を助けたって噂が立ってるんだけど……なんかそれに関係あるようなこと、あったか?」
「何それ、全然身に覚えがないんだけど」
「だよな、うん、当たり前だ」
噂の真偽について「予定通り」の回答を得ると、元の話の輪に戻っていった。誰もが信じられない、そういう噂なのだ。
「ティトー、なんで嘘吐くの?」
黙って見ていた香恋は、男子生徒が遠ざかってから問う。
「ん? だって別に信じて貰っても意味ないし。っていうか信じてもらえると思えないし」
「まあ、そうなんだけど……」
ティトー本人ですら、いまだに信じられないのである。誰かに信じてもらおうなどと思わないし思えない。
「なんか……理不尽だよ」
「別に、俺に関しては日頃の行いだから」
めんどくさい、とつぶやいてティトーは席へ。
結局噂は一日中続くことになった。ティトーの口から「デマだ」と聞けても、最初からみんな信じてなどいないわけで、それでも噂になった以上、噂の盛衰に何の影響もない。噂に一番効く薬は、時間だ。
夕方には、噂は消えた。
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