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「さんきゅー!」
嫌がられたらどうしようかと不安に思い手を引っ込めようとしたが、引っ込めるよりも先に骨ばった固い手に捕まれてしまった。
ニカッと眩しい笑顔を向けられて僕は少し恥ずかしくなった。
「なんか見たことあると思ったらお前、鳳のツレかぁ。立ち眩みか?」
「…ただの使用人です。えぇ、まぁ。大事はありません」
「はは、使用人か。つーかかなり雰囲気変わるんだな」
「は?」
はい、と手渡された物を受け取って、僕は慌てて顔を俯かせた。
高校に上がるときにあの人が絶対に外すな、と言って渡してきた眼鏡。
視力は悪くはないので度は入っていない。所謂伊達の大きなフレームの眼鏡。
僕が、あんまりにも見られない顔をしているから。プレゼントだなんてそんなことは言わないがあの人が僕に与えてくれた初めての物だった。
理由はどうあれ、とても嬉しかったのを覚えている。
彼とは違う、薄い手のひらの上に納まった眼鏡を緩く握りしめて僕は走り出した。
恥ずかしくて逃げた。気持ち悪いと思われてしまう。
無かったことにしたくて逃げた。あの人からの言い付けを守れない僕に価値はない。
逃げたところで起きてしまったことは覆せない、と遠くに人の声がする廊下を歩きながら思った。
冷静になってみて、折角僕を助けてくれたあのお日様みたいな男の子の名前も聞いていないことに気付いた。
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