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「おはようございます、起床のお時間です」
自身の長い前髪を片手でよけながら声をかければ、う、と呻き声をあげた男が目を開けた。
艶のある黒い髪がさらさらと流れて長い睫毛に縁取られた瞳が窺える。何も言わずに見つめていたらあちらが先に声を発した。
「人の顔をジロジロ見てんじゃねぇよ」
「…申し訳ありません」
不機嫌そうに舌打ちをする彼に着替えを渡して、朝食の準備のために部屋を出た。
手を触れずに起こせと言うのだから熟睡しているときは困るのだけれど、幸い彼はいつも眠りが浅いので声をかければ直ぐに目を覚ます。
今日も余り眠れなかったのだろうな、と思いつつ食堂に向かう道中、執事長の佐渡(サワタリ)さんに会った。
「壱貴様はお目覚めに?」
「はい、これから朝食を摂られます」
「そうですか。今日も宜しくお願いしますね」
それでは、と朝の忙しさを感じさせない落ち着いた動きで廊下を過ぎていく。
このお屋敷には佐渡さんを筆頭に使用人が何十人も居て、そして僕もそのうちの一人であった。
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