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私の手を借りて立ち上がった彼女は、そっと手を離して小さく笑った。
同じ目線。のはずもなく、彼女を少し見上げる私。彼女はやっぱり少し笑った。
「…あつこっていうの、よろしくね」
春風はするりと私たちの間をすり抜けて。また、彼女の髪を靡かせる。
ショートカットが似合う女の子だった。
私には似合わないような女の子だった。
小さく微笑んだ彼女は「パンのお詫びに今度何かするね、」と。それだけ言ってまた微笑んだ。
私は、それを不思議に思うわけで。
だって、今度だとか。よろしくだとか。
変な期待を持ちそうな言葉ばかり彼女は言う。
もう会えないかもしれない、なんて微塵も思っていない。
少し時計を気にしてから、「あっ、やばい」と彼女は小さく声を洩らす。
私は彼女に聞きたいことが沢山あるのに。彼女は今にも走り出しそうな様子。
だって、私。何も知らない。
あつこって漢字がどんな字なのか、とか。
彼女が何年生なのか、とか。
この辺に住んでるのか、とか。
聞きたいことが沢山あるよ。
「じゃあ、…またね、!」
焦った様子で、彼女が走り出す。
もう止めることも不可能。
ショートカットを靡かせながら走る、その後ろ姿を見ながら。
私はなんだかこのままじゃ、もう会えないような気がして。
だから、私はその後ろ姿に向かって。彼女に聞こえるように大きな声で叫んだ。
「…みなみっていうの、私、!」
彼女は振り返らずに、ただ手を振った。
少し彼女が笑ったような気がした。
その日、私は入学式というのにも関わらず遅刻した。
そして、もう逢えないと思っていた彼女を自分のクラスで見つけるのは、もう少し後のこと。
end…
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