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第四話、土浦城(茨城県土浦市)
このお城は茨城県土浦市にあります。
そして亀城公園として土浦市民の散歩コースになっております。
常磐線土浦駅下車、西口から徒歩15分位でしょうか。
なぜ亀城かと申しますと、どうやら水害にあっても水没せず、水に浮いた亀に似ていた事から「亀城」と云われたらしいんですね。
すぐ側に霞ヶ浦があるので頻繁に水害に遭ってたのかもしれません。
この土浦城の由来は、常陸守護だった八田氏の後裔小田氏の家臣であった若泉三郎が築城したとされております。
え?だれ?ですよね。わかります。
時代が下って戦国時代には城主、若泉五郎佐衛門が菅谷勝貞に敗れて城を奪われます。
え?だれ?ですよね。わかりまする。わかりますとも。
地味ですから。
でもこの菅谷氏、政貞あたりの代になると、戦下手の御屋形様で小田城主の小田氏治さんを助けて頑張ってるんです。
小田氏治さんの事はそのうち小田城のお話で詳しく書きますが、噂では百戦百敗。
素晴らしい記録的な負けっぷりですが、常陸の大名佐竹氏や越後の大名上杉謙信と戦ってるので、贅沢な負けっぷりとも言えるかも知れません。
その殿様が真壁氏との合戦で大敗したときに土浦城にかくまったのが菅谷氏でございます。
後年は北條氏の傘下に入り、小田原開城に伴って小田氏が大名として滅亡。
土浦城は徳川家康の次男、結城氏の養子となった結城秀康の持ち城になり、小田氏と共に秀康の臣下となったようす。
城そのものは明治維新まで続きます。
模擬矢倉かもしれませんが、太鼓矢倉や各種矢倉が良好に残っています。しかし、先の地震の影響で酷い事になっているようです。
近くには木田余(きだまり)城や藤沢城がありますが、見学に行くなら公共交通機関がないのでマイカーが宜しいかと。
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