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【愛、恋、乞/valentine】
「慈っ円~☆」
ぎゅむ、と後ろから抱き付かれ慈円は不機嫌そうに眉を寄せた。
蛟はへらへらと笑いながら慈円の頬に指を突き立てる。
「…なにかね、蛟」
「とぼけないでよ~、今年も恋する乙女の日!バレンタイーン!」
ばっと両手を広げながら蛟は言う。
それを見た慈円は蛟から離れ、手にしていた3つの小さな箱のうち一つを無言で蛟に投げつける。かなりのスピードが出ていた箱を蛟はなんなく受け止め、大事そうに懐にしまった。
「んふふ、ありがとぉ慈円ちゃん。案外料理上手だよねぇ~」
「そう呼ぶなと言ったではないか…、貴君の頭は空なのかね」
「いいじゃないのさ。先代もそう呼んでたんだから」
「あの方は…構わないのだよ」
もう一つを写真(先代と、先代と共にいる蛟、そして若い慈円が写っている)の前にとりあえず置くと、ちらりと慈円は手の中に残る最後の箱に目をやった。少し悩んだ素振りを見せた後、それを窓から外に投げ捨てた。
「よかったの~?せっかく作ったのに、捨てちゃって」
後ろから蛟が尋ねる。慈円が振り返るといつも笑っているように閉じられた目が開きこちらをまっすぐ射抜く様に見つめていた。
「良いのだよ、蛟」
目を蛟からそらしながら慈円は答える。蛟は溜め息を吐きながら後ろから慈円に手を回すとそのまま耳から声を直接脳に入れる様に語りかけた。
「…意地っ張りだね~、先代と大違いだよ。まぁ、あれはあれで大変だったけど…素直になりなってばぁ。彼…『父上』だっけぇ?彼なら受け取ってくれ…んんー、どうかなぁ…わかんないけど渡しに行ったらいいのにぃ。」
「黙ったらどうかね。」
そう言って慈円が睨むとおどけながら蛟は慈円から離れた。
「んふふ、『好きな人が幸せになってくれればいい』なぁんていつまでいい子ぶってんのさぁ?ほんとは嫌で嫌で寂しくて仕方ないくせに」
「黙れ。」
「はいはぁい。黙りますよ~ん。せっかく貰ったおいしーい愛が詰まったチョコレート☆あれみたく捨てられちゃったら困るもんねぇ?」
「…っ!蛟っ!!」
奪おうと慈円は手を伸ばすが蛟は刺青に戻っていった。
「…わかっているのだよ…」
慈円は外に捨てた箱を見つめ、視線をそらし写真の前に置いた箱を手に取ると先代の墓に行こうと扉から外に出た。
「…くそ…っ」
慈円の中でくすくすと蛟が笑っていた。
(幕)
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