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エリサが、主治医に退出を促した。主治医が、溜息を吐き捨てて外に出る。
ソラは、母親のエリサを見返した。エリサが、哀しそうに顔を歪ませて、ソラの右隣に腰を下ろす。レモンの匂いは香水のものであった。エリサの手が頬に触れる。しかし、ソラにはその温もりさえ伝わらない。エリサの瞳が潤む。
「なんだよ、母さん」
ソラが問えば、エリサが空中に返事を浮かべる。
「ヒカリのことは諦めて」
信じられない文にソラは、エリサの手を払う。先程よりは、動けるようになったらしい。それでも今の奇想天外に勝るものはない。
「どういうことだよ」
ソラは、エリサに問い掛ける。エリサは、静かに俯いた。
空中の文字が変化する。
「ヒカリは、あのひとを探しに行ったの」
「あの人?」
「スワンさん」
空中の文字は、エリサの意志で組み替えられる。彼女は、そうやって生きてきた。喋ることができない孤高の種師。大陸では無音種師(サイレント)と呼ばれる地位にある。それが、ソラの母親であった。
「スワンを?」
ソラは、失笑した。母親だけは、どうやらこの異常自体を信じているようであった。
スワン・リールは二ヶ月前に失踪している。
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