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「笹羅が若とお仕えするために必要な最低限の礼儀作法を身につけるまで、我(われ)がきっちりと指導します。それで良いですね?」
問答無用の雰囲気を漂わせる麻宮の気迫(きはく)に、晄はこくりと頷(うなづ)くことしかできなかった。そんな晄の様子を見て、麻宮はにやりと笑みを浮かべる。
晄は苦笑いを浮かべながら麻宮から目をそらすと、視線を庭に向けた。庭の木々はどれも赤や黄の葉をびっしりとつけており、それが空の青に映(は)えて益々(ますます)美しさを増しているように思えた。
「よ、よし。笹羅のことはお前に任せた。俺はちょっと、庭を散歩してくる!」
晄は早口気味にそう言って手の中の紅葉を麻宮に押しつけると、庭の奥にある大池へと続く屋敷の廊下を足早に去っていった。その後ろ姿を、麻宮は優しい眼差しで見送った。それから麻宮は晄から手渡された紅葉をそっと唇に当て、目を伏した。
「鶉火(じゅんか)、そこに居るか」
麻宮が目を閉じたままそう言うと同時に、ざあっと少し強い風が吹いた。すると、はらはらと葉を散らす木の根元に、いつの間にか一人の男がひざまずいていた。肩ほどまである男の細い銀の髪が風になびいて、左耳の外側についた耳飾りを見せている。精緻(せいち)な細工の施された銀の耳飾りは、男が麻宮直属の部下であることを示していた。
「数日前にここへ来た笹羅という少年、覚えておるな?」
麻宮は口元に当てた紅葉の下から問いかけた。
「はい。まだ屋敷の門前に居座っております」
鶉火のよく通る低い声が、屋敷の中にまで響く。
「若のご命令で、あの者の面倒を我が見ることになった。まずはお前の元で、若のお付きの者としての礼儀をみっちりと叩き込んでおけ。もしどうしようもなく手を焼く場合は、我が自ら躾(しつけ)てやるから我のところへ来させよ」
「承知致しました」
再び、鶉火の落ち着いた声が響いた。それから麻宮がゆっくりと目を開くと、すでにそこには鶉火の姿はなかった。麻宮は満足げに微笑むと、屋敷の中へ姿を消した。
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