夏の国

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 白壁が立ち並ぶ街の中を、クロノスは鼻歌まじりに歩いていく。踏み固められた土の香り、人で賑(にぎ)わう店の数々。力強い活気に溢れたこの国が、クロノスは大好きだった。  上機嫌な王の後ろを、サァラブは両手を頭に組んでついていく。そうして二人でしばらく街の中をあてどもなく歩いた頃、クロノスが街角で急にぴたりと足を止めた。 「サァラブ、あれは何だ?」  問われたサァラブが王の視線の先に目を移すと、通りの向こう側に他の通行人とは明らかに違う美しい衣装を纏(まと)った女性の一団がいるのが見えた。一団の中心に一人の女性が立っているのだが、紅(あか)く長い髪が風にゆらゆらと揺れて、女性たちの中でもひと際(きわ)目を引いていた。サァラブはその女性の姿を確認するや、何かに気付いたように組んでいた両手を外した。 「あれは、各国を巡る踊り子の一団っすよ。でもおーさま、あまり無闇(むやみ)に近づかない方が……って、おーさま?!」  サァラブは珍しく緊張した声で王に忠告をしようとしたのだが、好奇心の強いクロノスはサァラブの返事を聞くより前に駆け出して、紅い髪の女性の方へ向かってしまった。サァラブは慌てて王の後を追う。 「美しい髪のお嬢さん、初めまして。夏の国は初めてかな? なんなら、道案内してあげますよ」  クロノスが話しかけると、紅い髪の女性はゆっくりと顔を上げた。 「あたしたちの中に夏の国出身の子がいるから、案内は無くても大丈夫よ。ご親切にどうもありがとう」  紅い髪の女性はそう言うと、クロノスに向かって上品なお辞儀をした。そこへ、ようやくサァラブが追いつく。が、いつも俊敏(しゅんびん)なサァラブの動きが、どうも少しぎこちない。ターバンを深く被(かぶ)り、クロノスの背後に隠れるように立っている。 「サァラブ、どうしたんだ? いつもなら美人には俺を差し置いて真っ先に寄っていくくせに、今日はお前らしくないぞ」  不思議そうに後ろを覗(のぞ)きこむクロノスの顔を見て、サァラブは気まずそうに首をすくめている。 「あら? その後ろにいらっしゃるのはもしかして……キツネさん?」  女性に通り名をずばりと言い当てられ、サァラブはぎくりと体を震わせた。
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