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抵抗する気力も失った桜花は、言われるがままに外へ出る。風の冷たさに身震いをした。それに対して男は何食わぬ顔でスタスタと歩くと、背伸びをする。そして何かを思い付いたような表情を浮かべると、桜花へ近付いた。
「おお、そういやあ名乗っちょらんかったのう。僕ァ、高杉晋作という。遠慮なく打ち込んで来るとええ。なあに、流石に女子相手にやり返しゃせん……」
まるで子どもを相手するようなその軽い口調に、桜花はムッと眉間に皺を寄せた。女だからと舐められていると分かった途端に、内なる闘志が燃え上がる。藤から竹刀を受け取ると、肩を回してから構えた。
高杉は、途端に桜花の雰囲気が変わったことに気付く。空気が蜘蛛の糸のように、ぴんと張りつめた。
「行きます──」
言うが早いか、桜花は地を蹴ると高杉の間合いに踏み込む。そして下段に構えた竹刀で胴を狙ってきた。高杉はそれを後ろへ飛び退くことで避ける。
だが、間髪入れずに桜花は技を繰り出してきた。何とかそれを全て躱すが、すっかり桜花の調子に呑まれている自分がいることに気付く。
そもそも攻撃へ転じることが出来ない程に桜花の動きは早かった。その上、繰り出される竹刀の先は確実に急所を狙っている。まさに真剣さながらのそれに、高杉はぞくりと背筋が粟立つのを感じながら、ニイと笑う。そして竹刀を持つ手へ力を込めると、上段からの攻撃を受け止めた。鍔迫り合いになるが、そこは高杉も男である。力で押し込めると、桜花の竹刀を弾き飛ばした。
「……なかなか強いのう。ええ腕をしちょる!思わず、僕も本気になってしもうた」
高杉は転がった竹刀を拾うと、桜花へ差し出す。素直な賛辞に、桜花はやや困惑しながらそれを受け取った。訳の分からないことで激昂したり、かと思えば褒めたりと、目の前の男が分からなくなる。だが節々に無邪気さを感じ、嫌いではないと思った。
桜花は自然と口元に笑みが零れる。それを見た高杉もつられるように笑った。
「何じゃ、君も笑えるんじゃのう。ずっと硬い表情しかせんけぇ、笑えんのかと思うたよ」
そんな二人の試合を少し離れたところから見ていた藤は、目元に涙を浮かべていた。その視線は桜花へ向けられている。昔に亡くした息子と、剣筋の癖が良く似ていたのだ。
───あの子はもう死んだんだ。いくら似ているからと、桜花に姿を重ねてはいけない。
そのように言い聞かせながら涙を袖で拭うと、厨へ入る。そして湯のみに茶を淹れると、二人の元へ持っていった。
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