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やがて本格的に雪が降り始めたため、少しでも暖を取るために戸を閉める。
藤と高杉は何やら難しい話しをしていたため、桜花は柱に凭れながら、自身の破れた洋服を借りた針と糸で縫っていた。
「そういや、何故脱藩なんてしたんだい」
「そうじゃのう……。昨年の堺町御門の変を知っちょるか?」
「ああ、少しくらいはね」
藤が頷くのを見た高杉はぽつりぽつりと話し始める。
別名八月十八日の政変という、尊攘派の公家や長州藩が京の朝廷から排除された事件が起きた。それを良しとしなかった来島又兵衛という男が長州藩の失地回復のため、武力を持って京へ上り、嘆願しようとしていたのである。
藩の中枢にいた高杉は、藩主の命により来島の進発を阻止するために激論を交わした。しかし来島は、脱藩してでも行く覚悟であり説得は失敗に終わったのである。来島と分かり合えないと思った高杉は、旧知である京にいる桂小五郎や久坂玄瑞と今後を話し合うべく、脱藩して来たという。
「成程。それにしたって脱藩なんて穏やかではないね。まさか、脱藩の意味を知らない訳では無かろう?」
藩の許可無く抜けることを指す脱藩は、良くて蟄居、悪くて切腹を申し付けられるような重罪である。
「そりゃ知らん訳がない。僕とて、武士の端くれじゃ。急務じゃと言うちょるんに、僕を国から出してくれん上が悪い」
高杉は腕を組むと、ニヤニヤと笑った。生死が掛かっているというのに、全く気にもかけないその様子に藤は苦笑いを零す。
「軽挙妄動じゃと思うか?安心せい、直ぐに国へ戻る予定じゃけえ」
「……いや。高杉さんもご存知だと思うが、私の息子も思い立ったら直ぐに飛んでいってしまう子だったからね。何にせよ、命は大切にするんだよ」
「別に蔑ろにはしちょらん。むしろ自分の欲望に素直な方じゃ。せっかく生きとるんじゃけぇ、面白く生きたいんです」
その会話を遠くに聞きながら、高杉は政治家か何かかと桜花はぼんやりと考えた。"脱藩"なんて、いつかの歴史の教科書で見たことがある……と思っていると、針で指を刺してしまう。
「いッ……」
ぷくりと血の玉が浮かぶ指を銜えた。大丈夫かい、と藤の柔らかな声が聞こえる。桜花は耳を赤らめると何度も首を縦に振った。
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