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山を降りている最中、ふと木々の合間から京の町並が見える。雪に屋根が覆われ、一面が白く見えるのは当然である。だが、市中の中心にあるはずの京都タワーや他のマンション、家々が見えないのだ。
「え……」
思わず立ち止まるが、高杉はどんどん進んでいく。離れてしまわないように、慌ててその背を追った。
桜花は何度も雪に足を取られ、転びそうになる。見かねた高杉は立ち止まると振り向くと、揶揄うような視線を向けた。
「大丈夫か。手でも引いてやろうか?」
「だ、大丈夫です!」
首を大きく振る桜花を見て、高杉はふんと鼻を鳴らす。桜花は高杉の横に並んだ。それを高杉は驚いたように見る。いくら男装しているとはいえ、この時代において女が男の横に並んで歩くというのは有り得なかった。
だが、それを気にする素振りすら見せないのは一体どうしたことだろうかと高杉は小首を捻る。
「……にしても、君は京の人間なんじゃろう?にしては、言葉が違うのう。どちらかと言うと、東の言葉じゃ」
「そうですね、生まれと育ちは東京ですから」
「東京?それは何処じゃ。江戸では無いんか?」
二人の会話はまるで噛み合わなかった。それもそのはずで、交わることのない世界線が無理矢理交わっているためである。
「江戸……」
江戸というのは、昔の東京の呼び方だったかと授業で習ったことを思い出した。だが、それは江戸時代が終わりを告げるのと同時に改称されたはずである。だが、いちいち訂正しているとキリがないと桜花はそのまま頷くことにした。
「そうですね。江戸です」
何故高杉はこのようにも昔の人のような事ばかり言うのだろうと桜花は内心気味悪がった。この数日間で抵抗は無くなったし、むしろ良い人だと思うようになったが、時代錯誤のような感覚がついていけないと思う。
だが、それも街へ降りてしまえばもう会うことも無いだろう。非現実的な日常も悪くは無かったが、やはり慣れた生活が一番楽だ。
水を含んだ雪が足にまとわりつき、足の裏が湿りを帯びる。不快なそれに眉を顰めながら、桜花は高杉について山を降りていった。
しかし、その先の街並みを目にした途端に桜花は言葉を失うことになる。
行き交う人々は皆和装であり、男は頭に月代を剃り、髷を結う。女は所謂日本髪に簪や櫛を挿していた。
並ぶ家屋は全て木造であり、あちらこちらに寺が並ぶ。電信柱や鉄塔、信号機も車も、敷かれたアスファルトも何もかもが消え去っていた。
まるで元々無かったかのように、それが当たり前のように人々は暮らしている。
時代劇の世界に飛び込んだかのような光景に、思わず桜花はその場に座り込んだ。この状況を脳が処理しきれないのか、ズキズキと頭が酷く痛む。
自身を呼ぶ高杉の声が遠くに聞こえた。
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