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鴨川沿いを南下する。だが、桜花の知る京都の地形とは多少異なっていた。近くの高瀬川は水運として利用され、"ほーい、ほい"という威勢の良い掛け声と共に、曳き子達が舟を引っ張っている。
道の真ん中を武士が歩き、端を女や子ども、商人が歩いていた。地面に広がる雪はすっかり踏まれて黒くなっている。
物珍しさもあってか、桜花は辺りを見渡す。それを見た高杉は肘で桜花の脇腹をつついた。
「堂々と歩け。しょっぴかれても知らんよ」
「す、済みません」
やがて進んでいくうちに人通りは少なくなり、鴨川の水を引く小さな川が目の前に出てきた。小ぶりながらも枝を広げた桜と思わしき樹が川岸に植えられている。その梢にはいくつもの小さな蕾があった。
「恐らくこの近くだったのですが……少し見てきます」
そう言い小路を覗くと、期待を打ち砕くように京長屋が連なっており、住んでいたアパートなどそこには無い。分かっていたことだが、改めて現実を突きつけられたような気持ちになる。
立ち尽くしていると、前方から人が歩いてきた。視線を上げると、黒の着流しに大小を差し、肩よりも長い髪を一つに束ねた上背のある男だった。透明感という言葉が似合うほどに肌が白く、憂うような横顔が美しい。
その長屋へ入っていくのを思わず見詰めていると、ふと男と目が合った。どきりと鼓動が跳ねる。慌てて会釈をすると、桜花は高杉の元へと駆け寄った。
「どうじゃった」
その問い掛けに桜花は首を横に振る。
「そうか……。どうしたもんかのう」
顎に手を当て、真剣に考え込む高杉を桜花は見詰めた。会って数日しか経っていない他人のために、此処まで考えてくれるなど、なんて有難いのだろう。
吹き付ける風は冷たいが、胸の中は暖かい。桜花は口角を上げた。
「高杉さん」
「なんじゃ。何か思い付いたか」
「色々考えて下さって……有難うございます」
そのように礼を告げれば、高杉はふいと視線を逸らす。面と向かって礼を言われることに照れたようだった。
「何も解決しちょらんのに、礼なぞ言わんでええ。君はどうも呑気なところがある」
「呑気って。これでも途方に暮れているんです……。これからどう生きていったら良いのかも分からないのですから」
表情には出ていないものの、まだ現実を受け入れられていなかった。心の中は酷くざわめき、吐き気すらしてくる。
百五十年以上前の日本だと言われ、直ぐに落とし込める人間がいるだろうか。夢なら早く覚めて欲しいし、何かのドッキリなら早くネタあかしをして欲しい。
そして生い立ち上、桜花は自分から人に頼ることが苦手だった。正しくは、頼り方を知らない。嫌われぬように人に合わせ、流されるままに生きてきたのだ。
ましてや、今この場で泣いて動揺して、先程のように高杉を困らせてしまったら、今度こそ孤独になってしまう。知らない世界で一人きりになってしまうことの方が怖かった。
辛気臭い表情へ戻ってしまった桜花を見て、高杉は小首を捻った。そしてある提案をする。
「のう、桜花。小腹減らんか?団子でも食いに行こう。腹が減っては戦は出来んけえの」
一体何と戦うつもりなのかと思いつつ、桜花は素直に頷いた。
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