第参話【岐路】

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 やがて二人は清水界隈の茶屋にやって来た。人通りの多い店は高杉が嫌がったため、客のいないこじんまりとした店の暖簾を潜る。二人の前には団子がそれぞれ二串と熱い茶が運ばれてきた。 「美味しい……」  桜花は団子を一口食べるなり、頬を緩める。程好い甘さに弾力のある噛みごたえ、そしてそれを引き立てる熱い茶。疲れた身体を癒すには甘いものを食べるのが良いとよく聞いたがまさにこの事だと感じた。茶が五臓六腑に染み渡るようだった。  このように八方塞がりな状況であっても、腹は減るのかと桜花は思わず苦笑いを浮かべる。 「ぶち美味そうに食べるのう。僕の分も食うか、ん?」 「大丈夫です。……食いしん坊みたいに言わないで下さい」  高杉は茶を啜りながら桜花の食べる様子を見る。藤の家でも思っていたが、割に桜花の立ち振る舞いは品があった。少なくとも農民や町民では身に付けられない作法と言葉遣いである。その上、肌も白く傷もない。剣術の心得もあることを考えると、身分のある武家の娘だろうと考えた。 ──僕は国へ戻ったら、獄入りは間違いないじゃろうし。連れては行けんのう。どうしたものか。 「毎度おおきに。お茶のお代わりはどうどすか」  その時、急須(きゅうす)を持った茶屋の娘がやって来る。華が綻ぶようなその笑顔は二人の疲れを更に癒した。 「あ、その。じゃあ、貰えますか」  怖ず怖ずと桜花が差し出した湯飲みに茶が湯気を立てて注がれる。有難う、と頭を軽く下げた。  するとその視線が自分の髪へ向けられていることに気付き、桜花は首を傾げる。 「あの、私に何か」  そう言うと女はすいまへんと言い、身を乗り出した。そしてさらり、と桜花の髪を触る。  突然の行動に驚いていると女性は摘まんだものを目の前に差し出し、微笑んだ。 「これ。うふふ、随分と粋な春の訪れどすなぁ」  それは寒桜の花弁である。薄桃色のそれは直に季節が変わることを伝えているようだった。 「ほう、いつの間に付いたんじゃろう」  桜花の代わりに高杉は女からそれを受け取ると相好を崩す。女は頭を下げると、奥へ戻ろうとした。  その時だった。穏やかな時間を割くように何処かから悲鳴が聞こえる。 「な、何でしょう」  桜花は眉を顰め、辺りを見渡す。高杉は椅子の上に置いた刀へ手を掛けた。 「また……どすか」  女は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべながら、俯く。高杉は厳しい視線を外へ向けながら口を開いた。 「またとはどういうことじゃ」 「此処んとこ最近、お侍はんが乱暴しに来はるんどす。尊攘がどうとか、憂国がどうとか言わはって……。そのせいでお客はんも寄り付かんようになってしもて、商売上がったりなんどす」
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