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暖簾の隙間から、高杉の姿を見つめる。すると、高杉は茶屋の娘を背に庇いつつ、浪士らと何かを話していた。
しかし、浪士のうちの一人が腰の刀を引き抜いては高杉へ向ける。それに釣られるように残りの浪士も抜刀した。周りの野次馬からはどよめきが起こる。
陽光に照らされ、鈍色に光るそれらは本物の刀であることが分かる。あれにうっかり斬られたら、間違いなく死んでしまうだろう。
──おかしい。おかしいよ。どうして平気で刃物を人に向けられるの。
桜花は驚愕と恐怖に目を見開いた。もはや自身の左腰に提げられた刀ですら恐ろしく思える。いくら持っていけと言われたからと、軽々しく貰うべきではなかったと後悔の念が込み上げた。
当の刀を向けられた高杉は、余裕の笑みすら口元へ浮かべている。息を吐くと、鋭い眼光を浪士へ向けた。
「お前ら……、誰に刀を向けよるんじゃ?相手の力量も分からぬ愚か者め!僕に得物を向けるっちゅうことは、死ぬる覚悟は出来ちょるんじゃろうな」
高杉からはビリビリとした殺気が発され、浪士は一歩後ずさる。桜花は思わず生唾を飲み込んだ。野次馬の誰かが"新撰組を呼んで来るんや"と叫ぶ。
その言葉を聞いた途端、高杉との会話が脳裏に浮かんだ。
『悪目立ちせんかったら、流石に誰も僕が長州のモンじゃとは思わんよ』
「悪目立ち……。どうしよう、目立っちゃってるよ」
桜花は泣きそうに顔を歪めると、震えを止めるように手を握りしめる。
外からは金属と金属が打ち合うような音が聞こえた。弾かれたようにそれを見遣れば、高杉は腰の刀を抜いており、浪士と鍔迫り合いをしている。
大人が子どもの相手をしているように、力の差は歴然であった。しかし、なんたって高杉は茶屋の娘を庇いながら、その上道の真ん中での立ち回りであるから分が悪い。
浪士が振るった刀の切っ先が、高杉の頬の皮を薄く掠めた。血筋がぷくりと浮かぶ。
「た、高杉さん!!……やめてぇッ!」
それを見た桜花は悲鳴を上げ、思わず店の中から外へ躍り出てしまった。足でまといが増えたところで、更に高杉の重みになるだけだと分かっていたのに。それに気付いた時には既に遅かった。
戦いにおいては、弱そうな方から狙うというのが定石である。それに則るように、浪士が一人走ってきた。
──終わりだ。私はこんな訳の分からないところで死ぬのか。
桜花は恐怖に目を見開く。
「ぃ、やだ、死にたく、ない……」
──私に勇気があれば。
「桜花ッ!逃げろ!」
高杉の声が響いた。だが、足が竦んで動けない。
──私に力があれば……!
もう駄目だと思わず刀の柄を握った。その時である。
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