2755人が本棚に入れています
本棚に追加
触れた箇所から身体がカッと熱くなった。まるで何度も土壇場を経験しているかのように、急に心は落ち着きを取り戻していく。
目をスッと細めると、桜花は視界の端に柄の太い竹箒が転がっているのを捉えた。そして着物の袖で自身の目元を隠すなり、右足を後ろへ振り上げ、力いっぱいに地面を蹴る。
「うわッ!?」
すると砂埃が立ち、浪士の目にそれが直撃した。たまらず反射的に刀を落とすと、目を擦ろうとする。桜花は素早く竹箒を拾うと、その胴を薙ぎ払った。
蛙が潰れたような声を漏らしながら、身体を二つに折り、浪士は地に伏す。
おお、とどよめきが観衆から起こった。
桜花は着物の袖を捲ると、竹箒を上段に構える。高杉は驚きの表情でこちらを見ていたが、すぐに心得たと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべた。
「このッ──」
他に控えていた浪士は抜刀したまま上段に構え、振り下ろす。だがその太刀筋はすっかり見切られており、桜花は横へ飛び退いて難なく交わした。次に間髪入れずに浪士の手首を打ち、刀を落としたところで脛を打つ。
一方で対峙する浪士が減った高杉は身軽になったせいか、圧倒的な力で次々と制圧していった。
「高杉さん!」
刀の峰を肩に乗せ、にんまりと口角を上げる高杉の元へ桜花が駆け寄る。
「桜花。よう恐れもせんと戦ったのう。君ァ……ほんまに面白い!」
あれほど怖がっていたというのに、まるで羽化した蝶のように雰囲気を一変させた桜花へ高杉はより興味を寄せた。
「戦っ……?そうだ、私、どうして」
その賛辞に桜花は先程の自分の行動に対して混乱する。元々剣術を嗜んでいたとはいえ、防具も付けない相手と対峙したのは初めてだった。それだと言うのに、今は恐れよりも興奮に近い感情だけが残る。
ふと、小路の影から浪士とは比べ物にならない程の気迫を感じた。高杉もそれに気付いてか、睨みを利かせる。
「……そこに居るんは誰じゃ。斬られとう無かったら出て来い」
その声に応じたのか、一人の男が姿を見せた。すらりと背が高く、目鼻立ちはハッキリとしており、まさに眉目秀麗という言葉が相応しい。
その人物を見るなり、高杉は一気に警戒を解き刀を納めた。
「桂さん。見ちょったんなら、手ェ貸してくれてもええじゃろう」
「生憎だが、私は争い事は好まないからね。……そこの君、少し晋作を借りても良いかな?」
人の良さそうな笑みを浮かべつつも、有無を言わさないような気迫を纏うそれに桜花は頷く。桂と呼ばれた男は高杉を伴うと小路へ入って行った。
最初のコメントを投稿しよう!