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スタスタと歩みを進める桂という男の背を追い掛けつつ、高杉は声を上げる。
「桂さん、何処まで行く。あの場を離れよるなら、桜花も連れて──」
「晋作。何故、京に居るのだ。噂には聞いていたが、本当に脱藩したというのかい」
桂はピタリと足を止めると、咎めるような視線を高杉へと向けた。
すると高杉は分が悪そうに視線を逸らす。
「桂さんと久坂らに会おう思うての。不幸中の幸いじゃ、探す手間が省けた」
「まさか、その為にあのような往来で暴れたのかい?呆れた……」
「流石にそねえな真似はせん。無粋な輩に腹が立ってのう。桂さん、此処で待っちょってつかあさい。桜花を呼んで来るけえ」
そう言いながら踵を返そうとする高杉の肩を桂は掴んだ。
「待て。桜花、とはあの若い侍のことかい?何処の藩のものだ」
「身元は知らん。天狗に攫われた哀れな者じゃ」
天狗などという別次元の話しが出てきたことに、桂はポカンとする。肩を掴む力が弱まったところで振りほどき、高杉は小路から出ようとした。
だが、その足は止まる。忌々しげに目を細めた。その視線の先には浅葱色の下地に、袖には白の山型をあしらった鮮やかな羽織を纏った男達がいる。まさに此方へ向かってくるところだった。
高杉に追い付いた桂はその横から表の様子を見ると、声を顰めて高杉へ耳打ちをする。
「──新撰組だ。高杉、逃げる準備をしよう」
「あれが噂の会津の駒か。酔狂な羽織じゃのう。高みの見物と洒落込みたいが、桜花を一人捨て置けん」
だが、ザンギリ頭の高杉は間違いなく目立つ。そして長州の訛りが強すぎるため、身分を誤魔化しきれない。
どうしたものかと考え倦ねていると桂が再度高杉の肩を叩く。
「高杉は先に行っちょってくれ。三条大橋付近の旅籠池田屋で落ち合おう。長州の桂と名を出してくれれば良い」
「じゃが、桂さん」
「あの男の事は任せてくれ。私に案がある」
桂はそれだけ言うと何処かへ駆け出した。自身に方法が無いことが分かっているため、桂に任せることとし高杉は池田屋を目指して駆ける。
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