第参話【岐路】

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 スタスタと歩みを進める桂という男の背を追い掛けつつ、高杉は声を上げる。 「桂さん、何処まで行く。あの場を離れよるなら、桜花も連れて──」 「晋作。何故、京に居るのだ。噂には聞いていたが、本当に脱藩したというのかい」  桂はピタリと足を止めると、咎めるような視線を高杉へと向けた。  すると高杉は分が悪そうに視線を逸らす。 「桂さんと久坂らに会おう思うての。不幸中の幸いじゃ、探す手間が省けた」 「まさか、その為にあのような往来で暴れたのかい?呆れた……」 「流石にそねえな真似はせん。無粋な輩に腹が立ってのう。桂さん、此処で待っちょってつかあさい。桜花を呼んで来るけえ」  そう言いながら(きびす)を返そうとする高杉の肩を桂は掴んだ。 「待て。桜花、とはあの若い侍のことかい?何処の藩のものだ」 「身元は知らん。天狗に攫われた哀れな者じゃ」  天狗などという別次元の話しが出てきたことに、桂はポカンとする。肩を掴む力が弱まったところで振りほどき、高杉は小路から出ようとした。  だが、その足は止まる。忌々しげに目を細めた。その視線の先には浅葱(あさぎ)色の下地に、袖には白の山型をあしらった鮮やかな羽織を纏った男達がいる。まさに此方へ向かってくるところだった。  高杉に追い付いた桂はその横から表の様子を見ると、声を顰めて高杉へ耳打ちをする。 「──新撰組だ。高杉、逃げる準備をしよう」 「あれが噂の会津の駒か。酔狂な羽織じゃのう。高みの見物と洒落込みたいが、桜花を一人捨て置けん」  だが、ザンギリ頭の高杉は間違いなく目立つ。そして長州の訛りが強すぎるため、身分を誤魔化しきれない。  どうしたものかと考え(あぐ)ねていると桂が再度高杉の肩を叩く。 「高杉は先に行っちょってくれ。三条大橋付近の旅籠(はたご)池田屋で落ち合おう。長州の桂と名を出してくれれば良い」 「じゃが、桂さん」 「あの男の事は任せてくれ。私に案がある」  桂はそれだけ言うと何処かへ駆け出した。自身に方法が無いことが分かっているため、桂に任せることとし高杉は池田屋を目指して駆ける。
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