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一方で、桜花は町人らと協力して浪士を縄で絡げていた。礼を述べてくる茶屋の娘や他の町人と談笑しつつ、高杉が一向に戻らないことに内心焦りが募る。その時だった。
「アッ、壬生浪や」
町人の声に桜花は首を捻ってそちらを見やる。野次馬を退けながら、浅葱色の派手な羽織を棚引かせた男達が数人向かってくるのが見えた。
荒々しさや勇ましさを体現化したような風貌、炯々とした目付き、威風堂々とした彼らに桜花は動けずにいる。
──空気が違う。重くて苦しい。けれど、鮮やかで眩しい……
「我々は新撰組である。治安を脅かす不逞浪士共、神妙にしろッ!」
新撰組と名乗る男たちはそう声高々に言い放った。身体の底から震え上がってしまうような気迫が彼らにはあり、桜花は思わず唾を飲む。
『……まあ、捕まると面倒なことは変わりないのう』
先程の高杉の忠告が頭を巡るのと同時に、危険だと本能が告げている。だが、彼らから目を離せずにいた。
この騒動の当事者を探しているのだろう、町人へ話し掛けている。すると町人がこちらを指さした。
それに応じるように、坊主頭の隊士が大股で歩いてくる。
「兄ちゃん、おおきに。此処はウチらに任して早よう逃げい」
まるで金縛りにあったかのように、動かない桜花へ見兼ねた町人が声を掛けた。動揺に瞳を揺らしながら、一歩後ずさる。
その刹那、捕縛されていた浪士の一人が最後の足掻きだと言わんばかりに、縄から抜け出した。半狂乱の状態で、地面に転がった刀を掴むなり振り回し始める。
「壬生狼なんぞに捕まってたまるかァ!」
その矛先は新撰組へと向けられた。浪士に背を向け、町人から事情を聴取している若い隊士へと斬りかかっていく。
「ッやば、」
桜花は咄嗟に視界の端に入った、地面に転がっていた鞘を拾い上げ、手にして踏み込んだ。
「面ッッ!」
そして浪士の脳天目掛けて力いっぱい振り下ろす。ガン、という鈍い音と共に打たれた男はよろめいた。新撰組はその瞬間、浪士を押さえ付けて捕縛に掛かる。
人を殴ってしまったと、桜花は青ざめた。すると、そこへ雑踏に紛れて
「そこの君、逃げろ!」
と何処からか切迫した──桂という男の声が聞こえる。桜花はその声にハッとすると、鞘を捨てて一歩、また一歩と後ろへ下がった。そして弾かれたように駆け出す。
「あッ、待てい!待つんや!早う追わんかいッ」
浪士へ気を取られていた新撰組は、慌てて人員を割くと桜花を追い掛けた。
元々足の速さには自信のある桜花と新撰組の隊士とでは、徐々にその差は開く。
「なに、やってんだ、わたし……ッ」
だが頼みの綱だった高杉も戻って来ない上に、怖い集団に追い掛け回されている事実に心が打ち砕かれそうになった。
逃げた先に何があるのかと考えるだけで全てが嫌になる。
──もう、捕まった方が楽になれるんじゃないかな。
そう思った桜花は走る速度を緩める。その目からぽろぽろと涙が零れた。
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