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「……命拾いしたようだ。僕も、君も」
男は桜花と視線を合わせると、僅かに微笑んだ。その睫毛は長く肌は白く、気だるそうな瞳には妙な色気を含んだ男である。
その姿を見た瞬間、自身の家があった場所を確認しに行った時に見かけた男の姿が浮かんだ。
「あ……。貴方は、」
「僕を知っているの?」
「い、いえ。見掛けただけです。済みません……」
口ごもる桜花を見ながら男は小首を傾げると、抱きしめていた自身の手を見やる。
──男の割には、あまりにも華奢じゃ。力を込めれば折れてしまいそうじゃのう。
馬鹿なことを考えたと、苦笑いを浮かべると男は立ち上がった。そしてそっと影から小路を覗く。もうそこには新撰組の姿は無かった。
「奴らは居なくなったようだ。応援が来る前に此処を早く離れよう。……立てる?」
「あ、は、はい!」
桜花は慌てて立ち上がると、着物に付いた砂埃を軽く払う。そして男の背を追って進んだ。
日の当たらないその小路は何処かどんよりと陰の気が漂っており、華やかな京の街とは全く違う空気に包まれている。怪しげな浪士や野良犬も時々見掛けるが、桜花は目を合わせないように必死に後を追った。
──この人は随分と慣れている気がする。怖くないのかな。
そのような事を考えていると、男が立ち止まったことに気付かずに、背へぶつかってしまう。イテッと間の抜けた声と共に、桜花はぶつけた鼻を押さえた。
「す、すみません。ぼんやりしていて……」
「いや。突然立ち止まったのは僕だから。ここからは通りに出るよ。この三条大橋を通って、少し奥の池田屋という旅籠へ行く。……もう少しだから頑張って」
男が指さした方を見遣れば、人の往来が多い大きな橋が目の前に見える。これに紛れれば、流石に新撰組には捕まらないだろうと安心した。
それと同時に、池田屋という場所には何が待っているのだろうと不安な気持ちが擡げる。
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