第一章 第壱話【記憶】

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 桜花の出自はこの時代ではない。元を辿れば、数百年先の"未来"で生まれたのである。  当時、十七歳だった桜花は高校生として、何も無い日常の中で暮らしていた。  五畳程のこじんまりとした部屋に、テレビの中の人の声が響く。 「前世ってあると思いますか?」 「いやー、僕はあると思いますよ。皆覚えていないだけで──」  桜花はリモコンを操作し、テレビの電源を突然切る。暗くなったそれを冷めた目で見詰めると、口を開いた。 「……馬鹿じゃないの。そんなのある訳ないよ」  そう呟くと洗面台へ向かうべく、立ち上がる。姿勢を崩して近くのタンスに掴まった。その衝撃で、立てかけてある写真がパタンと閉じる。 それへ手を伸ばし、元の位置へ戻した。それには、幼い頃の自分と笑顔の両親が写っている。もう戻れない暖かなそれに、眉を顰めた。 「……父さん、母さん」  元々、桜花は前世の記憶とやらを持って生まれたという。物心付いてからは、それのせいで大変な思いをした。帰らなきゃ、行かなきゃ、何やらと泣き喚いて大騒ぎをしては両親を困らせたのだ。  毎日それを繰り返すものだから、母親は鬱になり、気味悪がった父親は家を出ていった。  気付けば自分の周りからは誰も居なくなり、親戚の家を転々とするようになった。それも居心地が悪く、高校進学と共に生まれ育った東京を飛び出した。今はアルバイトを掛け持ちし、奨学金を貰って何とか一人で暮らしている状態である。  桜花は一度戻した写真を手に取ると、伏せるように置く。そして洗面台へ向かい歯を磨くと戻ってきた。  電気を消そうと吊り下がっている紐に手を伸ばすと、拍子に足元に転がっているリモコンを踏んでしまう。電源がついたテレビからは先程の番組が流れた。 「前世の記憶があれば面白そうやなー。俺は有名な武将とちゃうんかな!?だって──」  プツンと再度電源が切れたそれを忌々しそうに見ると、部屋の電気を消してベッドへ横になる。 「……まだ言ってるよ」  番組では面白おかしく話題にしていたが、実際覚えていたとしても誰にも信じて貰えないのが現実だ。嘘つき、妄想だと言われてしまう。前世の記憶を口に出せば、自分から人は去っていく。そう悟ってからは、それは心の奥底に封印してしまった。 ──あんなものが無ければ、両親の元で愛情を受けながら暮らすことが出来たのだろうか。  そのような事を思いながら、桜花はうとうとと眠りに落ちる。今夜は夢を見なければ良いと思いながら……。  替えたての畳の匂いが鼻腔を擽った。目の前には、知的そうな痩せ型で髷を結った男が座っている。 『〜〜〜というのが僕の弟子におってのう。無口で人付き合いの悪い子なんじゃが、とにかく頭がええ』  口を開こうとすると、すぐにその場面は変わった。今度は古びた道場の近くで、着物姿の小さな男児が泣きべそをかいている。 『母上、姉上……ッ。帰りたいよう……』  泣き叫ぶ男児へ手を伸ばそうとすると、途端に真っ暗になった。
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