第一章 第壱話【記憶】

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 目を開ければ、そこはいつもの自室の天井が広がっている。もそもそと起き上がり、カーテンを開けば空は白み始めていた。  何かが頬を伝う感覚に気付いた桜花は、顔を歪めながらそれを手で乱暴に拭う。  時々このように心当たりのない夢を見ては涙を流していた。  夢のパターンは決まっている。古びた街並みに、当たり前のように着物で歩く人々。中には刀を腰に差していたり、丁髷だったりとまるで時代劇のワンシーンのようなものばかりだ。  それを見た朝は必ず、郷愁に近い寂しさが津波のように襲ってくる。幼い頃の自分はこれを我慢できずに泣き喚いていたのだろう。  ベッドから降りると、洗面台へ向かい顔を洗った。 「本当に、止めてよ。どうしてこんな苦しめられなきゃいけないの……」  悲痛な声が誰もいないそこに響く。それに自虐的な笑みを浮かべると、部屋へ戻った。  夢の内容からすると、恐らく前世は武士だったのだろう。それを恨んでいる筈なのに、皮肉にも桜花の唯一の特技は剣道だった。  その腕前は滅法強く、大人の男性ですら手も足も出せない程である。  だが、それも今日までだった。桜花は休みを利用し、この京都の山奥にあるという、お祓いで有名な古寺へ行くことになっていた。  何処でそれの存在を見聞きしたのかは忘れてしまった。しかし、この夢を見る度にそこへ行けば解決するという気持ちが不思議と湧き上がってくる。  支度を終えると、桜花は外へ出た。近くをお洒落な格好をした同世代の女子が、楽しそうに笑いながら通る。だがそれを見ても一切羨ましいと思えなかった。  それ以上に鮮やかで綺麗なものを知っている気がするのだ。  もし前世の記憶を消すことが出来れば、この胸の中にこびり付く虚しさに似た何かも消えて無くなるのだろうか。そうすれば、普通の女子高生としてやり直せるだろうか。  そのような事を思いながら、歩みを進めた。
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