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だが、散々寝ていたせいか寝付けず、気付けば空が明るみ始めていた。桜花は障子を開けると縁側に出る。身に付けているのは浴衣一枚だけのため、芯から底冷えするような冷気に身震いをした。
雪が朝焼けに照らされ、煌めきを放っている。白い息を吐きながら、空を見上げた。
「……やっぱり冬だ。雪があるんだもん、冬に決まっているよね」
桜花は両手で顔を覆うと、深い溜息を吐く。
「冬じゃのう。京の冬は骨身に滲みて嫌じゃ」
その時、真横から声が聞こえた。手を退けて声のする方を見ると、胸元をだらしなく開けた浴衣姿の男が立っている。
「ひ、」
思わず悲鳴を上げそうになったが、その口元を男が素早く覆った。
「おっと、大声はいけんよ。藤婆を起こしてしまうっちゃ。声を上げんと誓えるんなら、離しちゃる」
その言葉に、桜花はこくこくと頷く。開放されると少し距離を取った。警戒するように男を見る。短髪で、背丈が低い。二十代前半といったところだった。
「あ、貴方は誰ですか。ここの家の方ですか?」
「んや。僕も客人じゃ。とは云っても、行き倒れになっていた君を此処までかろうて運んだんは、僕なんじゃけどな」
その言葉を聞いた桜花は深々と頭を下げる。礼と不審者のように扱った非礼を伝えれば、男はニヤリと笑った。
「謝らんでええ。いきなり近付いた僕も悪かったけえ。……んん、ちいとこれで髪を上に結い上げてくれんか」
男はそう言うと、懐から取り出した紐を桜花へ差し出す。それを両手で受け取ると、戸惑いつつも言われた通りにした。
「あの、これは……」
「やはり、こねえして髪を上げりゃあ似ちょるわ。その目も同じじゃ。じゃけど隠し子……にしては、大きいしのう」
男は桜花の問い掛けに答えることなく、ぶつぶつと何かを言っている。目がどうかしたのかと、桜花は二重で比較的大きい目元に手を当てた。
「綺麗な琥珀色をしよる。藤婆と同じじゃと思ってのう。僕ァ、髪を切ってしもうたし……使わんけえ、その紐はやる」
「は、はあ……。有難うございます」
男の行動が理解出来ずに、桜花は首を傾げる。
「ところで君は何者じゃ?まるで異人が着るような着物を着ちょったが……。明らかに日本人にしか見えん」
「洋服……のことですか?普通の格好だと思いますが……」
そう返した途端に、男の目は敵意を孕んだ。そして突然桜花の腕を掴んでくる。ギリギリと凄い力で締め上げられ、振り解けなかった。
「普通、じゃと?もしや君は開国派の人間か?女子じゃと、見逃しちゃろうと思うたが……」
「痛、痛い……ッ。開国派ってなんですか……ッ!やめて!」
「しらばっくれても無駄じゃ。開国派の奴らの窼を教えるんじゃ。僕がたたっ切ってやるけえ」
桜花には男の言っている意味が全く分からなかった。人違い、もしくは勘違いであることは間違いない。腕が折れそうだと顔を顰めつつ、桜花は足を男のそれに引っ掛けると、勢いよく払う。すると姿勢を崩した男は桜花の腕を離し、縁側から滑り落ちると雪へ顔から突っ込んだ。
「あ……。す、済みません。でも、少しは私の話しも聞いてくれたって良いじゃないですか」
男は起き上がると、大きく身震いをする。少しは頭が冷えたのか、再度手を出してくることはなくキョトンとした目で桜花を見ていた。
「……あ、足払い。か弱そうな女子じゃと思っちょったが、中々やるのう。ええよ、その話しとやら聞いちゃる。その前に着替えてくるけえ、部屋ン中で待っちょれ」
一方的にそう言い残すと、男はくしゃみをしながら部屋の中へ入っていく。せっかちで変な人だと思いながら、桜花もそれに倣った。関わり合いになりたくなかったが、どうしようも無い。
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