第伍拾弐話【甲陽鎮撫】

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 翌日も行軍は尚も続いたが、上石原で長い休憩を取ったかと思えば、すぐ次の日野でも立ち止まった。  ここまでは桜司郎の思い描いた行程そのものだった。それは喜ばしいのだが、距離を伸ばれば伸ばすほどに沖田の顔色が悪くなっていく。  時に日野宿本陣の主である佐藤家では歓迎の宴が催された。近所の人という人が集まり、近藤や土方を立派になったと誉めそやす。  まるでいつぞやの徴募で見た光景だった。  それを不服そうな表情で眺めるのは永倉である。 「……本当に間に合うのか?行く先行く先の歓迎を受けちまってよ、物見遊山へ出掛けている訳じゃないんだ」  これには流石に擁護をせねば目覚めが悪いと、桜司郎は口を開いた。 「佐藤家には長らくの御支援を受けているではありませんか。素通りは出来ないでしょう。それに……余裕を見せておくことで、民も安心するというものです」  懐事情が厳しい時から金銭的援助を受けている真実があるためか、永倉は出かかった抗議の言葉を飲み込まざるを得なかったようである。そして雄々しい行軍に希望や憧れを見出した若者が、名を連ねたいと立候補して来ていることもまた事実だった。 「お前が言うなら……。だが、調練すらしていない寄せ集めなぞ、何の役にも立たんのではないかえ。脱走された暁には、元々いるこっちの士気だって下がっちまう……」  男山での奮闘が余程印象に良かったのか、永倉からの言葉には信頼が見え隠れしている。 「確かに、戦闘要員としては厳しいでしょう……。ただ、逃げずにその場に居てくれさえすれば良いと思いますよ。烏合の衆だとしても、見た目として数が揃っていれば脅威にはなり得ます」  こけ脅しにしかならないが、それでも心理的に圧を与えることは出来るのだ。それに端から戦闘要員として期待をするから、裏切られた時の悲嘆が強くなるというもの。頭数程度であると思っておけば良い、と桜司郎は言った。 「それはそうだな……。榊は見掛けに寄らず、存外に冷静よな。戦のこととなると、人が変わったようだ」  その言葉にドキリとするが、平静を装って口角を上げる。 「……お褒めの言葉として受け取っておきます」
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