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廊下を進み、庭へ出ると離れの部屋へと向かう。そこは沖田のそれではなく、土方が桜司郎用にと特別に宛がってくれたところだった。
戸を開けて入ると、沖田へ背を向けて立ち尽くす。
「桜司郎さん、どうしたのです。…………泣いているのですか?」
その肩が震えていることに気付いた沖田は、そっと己の方へと振り向かせた。
灯されていた行灯の火が揺れる。
すると、赤く腫れた頬へ視線を移しては目を見開いた。
「この頬……。……一体誰です、貴女を傷付ける者は」
時折咳き込みながらも、みるみる怒りの炎を湛えたその瞳は、男のそれだった。
彼のことが気になりすぎたがために、殴られたことさえも忘れていたことに気付く。今更ながらも、隠すように頬を抑えた。
「これは……。何てことありません。それよりも、何故宴へ出ているのです。少しでも休まないと駄目じゃないですか」
「私の我侭で宴を開いて貰ったので、出る義務があったんです。そんなことより、」
「──どうして?」
頬のことを気にする素振りを見せた沖田の言葉を遮り、縋るような視線を向ける。
「どうして、沖田先生が宴を……」
着物の裾を少し引かれ、沖田は困ったように視線を揺らした。だが、答えを聞くまでは梃子でも動かない性格を知っているためか、やがて観念したように口を開く。
「……貴女と同じ理由ですよ」
その回答に、桜司郎は息を呑んだ。
「同じって……。知っていたのですか……」
「詳しくは知りませんが、貴女が何かを思い詰めていたということは察しました。山野君も教えてくれないし。土方さんへ聞けば、随分と喧嘩したそうじゃないですか。内容から何となく……ね」
その瞬間、沖田は口元を抑えて咳き込む。だが、直ぐに止めると何事も無かったかのように微笑んだ。
「私も、近藤先生と作った新撰組を守りたいから」
「……じ、じゃあ…………。着いていくと言ったのは。行軍の足止めをするため……ですか……?」
「ええ……。せめて日野までは怪しまれずに来れると思って。それに、万が一貴女がバレたとしても、私が身代わりになれる。この死にゆく身……愛する人のために使えるのなら、惜しくは無いんですよ」
そう言って清々しい笑みを浮かべる彼を見ていると、胸が酷く痛んだ。それと同時に、潰れそうな程の愛しさが間欠泉のように沸いて止まらない。
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