第伍拾弐話【甲陽鎮撫】

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 沖田を残したまま、翌朝には日野を出立することとなる。己が役目を果たしたのだと言わんばかりに、澄み切った笑顔で彼は仲間の背を見送った。  一方で、甲陽鎮撫隊は農兵らも取り込み、総勢二百名を超える大所帯となって行軍を進めることとなる。  しかし、それらも短い時のことだった。悪天候と足場の悪さが体力を奪い、次々と隊士の脱走を許してしまう。  それでも誰も咎めることは無かった。もはや他人を気にかける余裕など無いのかもしれない。  三月四日には、駒飼へと宿陣した。  幹部のみが頭を突き合わせて軍議を開いていると、そこへ慌ただしい足音が近付いてくる。形ばかりの声が掛けられたと思ったら、返事も待たずにスパンと戸が開け放たれた。  部屋へ転がり込んで来たのは、山野である。日野にて桜司郎へ報告をした後、再度甲府の様子を探りに向かっていたのだ。 「軍議中だ、一体何事──」 「甲府城がッ、敵の手へと落ちましたッ──」  肩で息をしながらも、一息に告げられたその言葉に、誰もが目を見開く。重い静寂が部屋を包んだ。内心、喜んだのは桜司郎くらいだろう。 「ほ、本当か!?一体どうしてこんなに早く、」 「──だから早急に向かう必要があると言ったんだッ!!」  驚きの声を上げる原田を押しのけるように、永倉の怒号が響いた。  その矛先は、言わずもがな大将である近藤へと向けられる。 「俺は言ったよなッ!早く向かわねえと、敵に取られちまうと!」  それは今までに無い程の怒り様だった。彼は彼で、この戦に新撰組の未来を賭けて居たのかもしれない。
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