第伍拾弐話【甲陽鎮撫】

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「落ち着け、永倉さん。今更過去のことをどうこう言っても後の祭りだ」  今にも掴みかからんばかりの永倉を、山口が抑える。  片や近藤は厳つい顔を歪ませ、わなわなと震えていた。思い描いていた展開が、彼の中で大きな音を立てて崩れ始める。  いくら助言があったとはいえ、内藤新宿で盛大な宴を開き、その上故郷や日野で足を止める最終判断をしたのは近藤だった。 「近藤さん、この不始末はどうするんだッ」  永倉は尚も怒り冷めやらずに吠え続け、近藤は返す言葉も無いと言わんばかりに閉口している。空気だけが重くなっていた。  そこへやや高い声が響く。 「──お、恐れながらッ。甲府城に詰めている城代は、戦わずして勝手に城を明け渡したのですよね。淀藩のように既に懐柔されていたのかも知れません。行っていたらどうなっていたか……。もはや、この戦は引くべきかと……!」 ──お願い、そうすると言って……!!  桜司郎は頭を下げながら、必死に撤退を訴えた。そこへ便乗するように、山野が甲府城下の様子を伝える。どうやら敵は土佐藩の(いぬい)という男が大将格であり、地元の人間からは評判も良いらしい。  おまけに最新の武器と、甲陽鎮撫隊の数を優に超える洋式の軍隊を率いていた。  全てにおいて此方が劣っており、刃を交えたところで結果は目に見えている。 「……榊の言う通りだ、ここは一旦引こう」  そこへ、影の協力者となった土方が追い風を立てようとした。それを受けてか、室内は撤退へと傾いたように見える。  少しの間の後に、漸く近藤が口を開く。
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