第伍拾弐話【甲陽鎮撫】

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「局長ッ、我々も行きましょう」  桜司郎がそう声を掛けるも、近藤は呆然と立ち尽くすばかりで動こうとしない。だが、足が竦んだ訳ではないようだ。  局長、と袖を引けばぼんやりとした表情から、険しいものへと変わる。 「──俺は、行かん。此処で戦い抜く所存だ。君は早く行きなさい」  呟いたそれは少しだけ震えて聞こえた。そこに居るのに、深い霧に呑まれて消えてしまいそうなくらいに儚く見える。  桜司郎は近くに居た市村を捕まえると、小姓達を纏めて江戸へと退却するように言い付ける。皆が退却したことを確認すると、再び近藤の元へと戻った。  恐らくこれからの会話は他の隊士に聞かれてはならないと思ったのだ。 「何故戻ってきた……」 「局長が戦い抜くというのなら、私もお供しますよ。代わりの刃となりましょう」  そう言って穏やかに笑えば、近藤はグッと唇を噛む。 「不要だ。もう武士として生きられぬ俺と違って、君はこれからだろう」 「……だから、此処で死ぬおつもりでしたか?」 「……敗戦の責任を負うのは、将のつとめと相場が決まっているからな」  その言葉を聞き、やはりと思った。近藤は死に場所を求めている。先日、桜司郎には沖田を引き合いに出していたが、その裏には己のことも隠れていたのだろう。  華やかな行軍や宴を了承したことも、幕府からの命を遂行することに拘ったのも、全て此処で散る為だったのだ。  幕府に利用され、あっさりと切られそうになっている事実を知る前に、大久保大和は忠を尽くして死んだことにしたいのではないか。そこに救いを求めたかったのではないか。  己を除いた皆が一歩も二歩も先を進んでいる。それはどれだけ虚しく、寂しく、辛いものなのだろう。そう思えば同情するところはある。だが、それはあまりにも無責任に思えてならなかった。
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