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 時は明治。落ち着きつつある時勢のように穏やかな風に吹かれ、はらはらと薄紅色の花びらが舞う。  春の陽射しが、木々の(こずえ)の先に芽吹く新芽たちを暖かく包む季節。  庭先にある桜の木を一人の女が見つめていた。手元には筆と紙があり、誰かへの文を(したた)めていた様子である。  女は立ち上がると縁側に立ち、眩しそうに空を見上げると、花弁を掴もうと手を伸ばした。だがそれは手の間をすり抜けていく。  その憂う様な横顔は女としての色香を感じさせる一方、酷く悲しげであった。  雲一つ無い清々しい空を見ると、再び部屋の中へ戻り文机の前に座った。筆を進め始めたその瞬間、女は激しく咳込み、畳へ(うずくま)る。呼吸は荒く、目は潤み、今にも消えてしまいそうな程に肌は青白かった。 それを聞き付けたのだろうか、奥からバタバタと人が来る。桶を手にした、同い年くらいの女だった。 「桜花(おうか)はん!何やってはるん、はよう横にならんと」  桜花、と呼ばれた女は畳に手をついて起き上がると申し訳なさそうに眉を下げる。 「大丈夫よ。ありがとう、お花ちゃん」 お花と呼ばれる女は桜花の旧知である。花は心配そうにその背に手を当てた。 「桜花はん……着替えよか。ようけ汗かいてはるわ」  新しい寝巻きを用意し、手にしていた桶に手拭いを浸す。頷いた桜花はするりと寝巻きを華奢(きゃしゃ)な肩から滑らせた。  白い肌には、その外見からは似つかわしくない刀傷や治らぬ痣がいくつもある。手には剣だこや豆があった。  桜花にとってはそれが誇りであり、此処に生きた証でもある。 「……また、痩せたなァ」 「随分体力も筋力も落ちちゃったみたい。もう、刀は振るえないかも」  残念そうにそう話す桜花は、かつて男として刀を手に取り、血の雨が降る戦場を駆け回っていた。今この平和な時間からは考えられない程、殺伐とした空間に身を置いていたのである。  新たな寝巻きに袖を通し、桜花は再び座り直すと筆を取った。 「桜花はん、寝やんと……」 「……ごめんね。今、書かせてほしい。いつ書けなくなるかも分からないから」  そう微笑む桜花は、まるで名の通りに散り急ぐ桜のようである。花は思わず背を向けて目頭を押さえた。  必死に筆を取るその瞼の裏には一体何が見えているのか、それは本人にしか分からない。 「出来た…」  桜花は満足そうに微笑むと、横になり全身の力を抜いた。  手元には、折りたたまれてしわくちゃになった紙が握られている。それには"未来へ帰る"と書かれていた。 「未来……か」  そして走馬灯のように巡る記憶の数々と向き合い始める。  そっと目を瞑ると、運命が狂った始まりの日を思い出した──
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