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僕と木崎が葬儀場についたとき、すでに葬式は始まっていて、祭壇の前では坊主が経を読んでいた。
僕たちは参列者用に並べられた椅子の一番後ろの席に腰を下ろした。
高橋先生はずっと地元で数学を教えていたはずであるのに、そこに生徒と思われる参列者の姿はほとんど無かった。
かつて同僚だったと思われる者の姿も数えるほどしかいない。
おそらく、高橋先生は、教師の間においても、ほとんどつきあいというものをしていなかったのだろう。
だけど、遺影の中の高橋先生は、満面の笑みを浮かべていた。
思えば、僕は高校生だった頃、高橋先生が笑顔を浮かべているところなど見たことがない。
いつも難しい顔をしている、それが高橋先生に対する僕の印象だ。
だから、その遺影を見たとき、僕は違和感を覚えずにはいられなかった。
だけど、その笑顔は、どこか安心感を与えるようなものがあった。
そして、高橋先生はゆっくりと優しく、あの言葉を語っているようにも見えた。
「学ぶということは真似るということだ」
どこからともなく、高橋先生の声が聞こえるような気がした。
もしかしたら、高橋先生が生徒に本当に教えたかったことは、数学などではなくて、あの言葉だったのかもしれない。
だから、あのように生徒を無視したような数学の授業を続けていたのかもしれない。
だけど、今となってはそれもわからないことだ。
ただ、僕の心の中にその言葉が残っていればそれでいい。
僕には学ぶことはまだまだ山のようにある。
これからも学び続けれなければならない。
数え切れないほどの真似を僕は繰り返していかなければならないのだ。
イミテーション、それは、僕にとっての生きる指針とも言えるべきものなのかもしれない。
(完)
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