イミテーション

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考えてみれば、僕はそれまでにまともに文章を書いたことなど一度もなかった。 僕がそれまでに書いた文章と言えば、夏休みの課題の読書感想文くらいで、ある一つの世界を文章で描き出すことなど一度もしたことがなかったのだ。 一つの世界を描く文章が書けないのは、ある意味において当たり前のことである。 しかし、僕はそのことに気付いていなかった。 どうして自分の中にある世界を文章で描くことができないのか、それが解らなくて仕方がなかった。 そうやって悩んでいる間にも、時間は刻々と流れてゆき、次第に応募の期限が迫ってくる。 僕はそこに描かれた世界が自分の描きたい世界でないことをわかりながら、それでも懸命に文章を紡ぎ続けた。 その時の僕には、それ以外にできることなど何もなかったのだ。 そうしてできあがった処女作を、僕は応募期限の二日前にようやく仕上げて、出版社宛に送付した。 だが、作家自身が自分の描きたい世界ではないとわかっている作品が、どうして読者の心を揺らすことができるだろうか。 当然のこととして、僕の応募した作品は一次選考すら通過することができなかった。 それから僕は、文芸雑誌を買いあさっては新人賞募集の広告を探し、次から次へと作品を書いては応募するという日々を続けた。 しかし、僕は相変わらず自分の描きたい世界を描くことができていなかったし、そのせいもあって、応募した作品はことごとく一次選考も通過できない状態だった。 そして、五回目の応募でいつもどおり一次選考も通過できず、気分的にずいぶん落ち込んでいたその時、僕の頭の中に、あの言葉が突然蘇った。 学ぶということは真似をするということ。 僕はそのとき初めて、自分自身が文章を書くということについて学ばなければならないのだということに気づき、それと同時に、学ぶためには誰かの文章を真似するのが一番なのだということに気がついた。 それから僕は図書館に通い、自分の描きたい世界観に近い作品を片っ端から借りてはそれらを読み耽り、気に入った文章があれば全てノートに書き出していった。 そして僕は書き出した文章を利用しながら、少しずつ自分の作品を作り上げていった。
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