イミテーション

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もちろん、他人の文章を用いて作り上げたそれらの作品をつかって新人賞に応募することなどできないのだが、僕の書く作品は間違いなく僕の描きたい作品に近づいていた。 それを繰り返しているうちに、次第に僕は僕自身の文章で、僕の描きたい世界を描くことができるようになっていった。 それは間違いなく真似ぶことから得られた成果であり、それがまた同時に学ぶことだったのだ。 僕は決意を新たに、一本の長編小説を書き上げ、その作品を使って、ある出版社の新人賞に応募した。 結果から言ってしまえば、入賞こそ逃したものの、一次選考、二次選考を相次いでクリアし、そして最終選考にまで残ったのだ。 僕はその作品で小説家となることは叶わなかったが、その後に書いた作品を出版社に持ち込んだところ、トントン拍子に出版の話が決まり、学生作家としてデビューを果たすことができた。 僕のデビュー作は、出版社の売り出し方もよかったのか、僕が思っていた以上に販売部数を伸ばしていった。 そのせいもあり、すぐに他社からも僕に依頼が舞い込んでくる。 そうやって、僕は瞬く間に大物学生作家としての地位を築き上げ、そして、大学を卒業した後も大物作家として文壇に確固とした地位を確保して現在に至っている。 それというのも、全てはあの日、あの数学教師があの言葉を僕たちに投げかけてくれたおかげだと僕は思っている。 全てはあの言葉から始まったのだ。 そういう意味においては、僕はあの教師に今でも感謝している。 しかし、僕はあの教師の名前すら今は思い出すことができない。 そもそも授業もまともに聞いたことがなかった数学の教師の名前など、そうそう憶えているものではない。 僕としたところで、卒業してからというもの、一度も高校に顔を出したことがなかったので、今となってはあの教師がどうなっているのかもわからない。 僕にできることは、ただ心の中で、あの教師に対して感謝の言葉を述べることくらいだ。
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