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「そういうことだったのか。だけど、どうしてそれを僕に伝えようと思ったんだい。君も知っているかもしれないが、僕はもう十年以上も地元には帰っていない。すでに父と母も他界してしまったからね、今となってはあの町に帰る理由もないんだ」
「ああ、お前が地元に戻ってきていない話は聞いてるよ。同窓会にもいっさい出席しないということで、お前はある意味において有名人だからな。どうしてお前に話してみようと思ったのか、俺自身にもわからないよ。だけど、ただ何となく、お前に話してみたくなったんだ」
「何となく、か」
「そうだ。何となく、だ」
木崎はそう言って、電話の向こうで小さく笑った。
「それで、高橋先生の通夜や葬儀はいつ行われるんだい?」
「通夜は今日で、葬式は明日だそうだ。だけど、そんなことを聞いてどうするつもりなんだ? まさか、お前が通夜や葬儀に出席するわけでもないだろう。おそらく、俺たちの同級生の誰一人として出席することはないだろう。おそらく、高橋先生が亡くなったことを知っているのは俺とお前の二人だけだし、なにより、高橋先生のことを憶えている奴も決して多くはないだろう」
たしかに、木崎の言うとおりだと僕も思った。
おそらく、僕の同級生の誰一人として、高橋先生の通夜や葬式に出席するものはいないだろう。
だけど、少なくとも僕は、高橋先生をきちんとした形で送らなければならないと感じていた。
僕の今があるのは、間違いなくあのとき高橋先生の言った言葉のおかげだからだ。
あの言葉がなければ、僕は今頃、社会の片隅で誰にも気づかれることなくくすぶっていただけかもしれない。
そう考えると、高橋先生のあのたった一言が、僕の人生を大きく左右したのであり、それはこれまでに僕が受けてきたどんな授業よりも、僕にとって重要なものであるということは、たとえ天と地がひっくり返ったとしても間違いのない真実としてそこに存在し続けるのだ。
「知らせてくれてありがとう」
僕はそう言って電話を切った。
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