隊長として

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「もうお終いね」 計器は燃料が残り僅かであることをリリーに告げている。 「ブランデンベルガー曹長、模擬戦は終了。帰投するよ」 「……ヤー」 グレーテルは不服そうだが、彼女の機体の燃料はリリー同様少ないだろう。 2機は滑走路の周りを周回し、主脚と尾脚を出した。 プロペラの回転数に注意して滑走路に進入する。 2機は着陸してエプロンに着いた。 リリーはキャノピーを開けて飛行帽を脱ぎ、額の汗を拭う。 リリーは汗による不快感よりもグレーテルを落とせなかったので、部下に実力を疑われるのではないかという不安の方を強く感じている。 このままではみんなが私のことを隊長だと思ってくれなくなってしまうのではないか。 「はぁ……」 先行きの暗さに思わずため息をもらし、遠い東部戦線の空を見た。 「お兄ちゃんは元気にしてるのかな」 リリーの兄、エルヴィンは1941年6月から始まったバルバロッサ作戦に戦車長として従軍した。 43年のクルスクの戦いで負傷してからはポーランドに配属されたそうだが、今はどこでどうしているかわからない。 リリーが空を見ている時、グレーテルは悔しさと怒りが混ざったような感情に染まっていた。 隊長をあと少しというところまで追い詰めていながら、トドメを刺すことができなかった。 グレーテルは自分が認めた人物以外の人に従いたくない。 そんなグレーテルが空軍に入った理由は、子どもの頃にアクロバット飛行を見たことだ。 それ以来、飛行機で空を飛ぶことに憧れを覚えたからだ。 それだけが理由なら民間にも飛行機を操縦する仕事はあり、軍隊に入る必要はない。 しかし、グレーテルには昔からの夢があった。 大切な人を守る力を持った騎士になること。 その2つの夢を現実のものにするためにパイロットになった。 パイロットになってからは幾多の危機や苦難を乗り越え、アンゲラと出会い、そして今、新たな壁――リリー・ホフマン――が立ちはだかる。 グレーテルは彼女を認めていない。 その主な理由は、軍歴が長いわけでもない上に、平民であるリリーが上官であることが気に入らないことだ。(今までのグレーテルの上官はユンカーか、再軍備以前からの軍人だった) 認めて欲しければそれ相応の実力を見せる必要がある。 1機しか撃墜スコアが変わらない程度ではダメだ。 圧倒的な戦果を残すか、模擬戦でグレーテルを撃墜するしか方法はない。
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